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The Songlines

2015年03月10日 02:18

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竹沢 うるま

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深夜特急に次ぐ旅のバイブル。
旅人の繊細な気持ちが蘇る。
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Walkabout

2015年03月10日 02:15

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(2013/08/01)
竹沢 うるま

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旅を振り返る。-これまで行った国々-

2014年05月19日 01:01

旅から戻ってもうすぐ2ヶ月。
どれくらいの国々をまわったのか、地図で見ることのできるサイトで見てみたものの、まだ世界の国々の44%のみ!果てしない世の中である全く。



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旅の終わりのご挨拶。

2014年04月20日 22:27

前のブログを書いたシンガポールの後、わしはインドネシアのバリ島と、ロンボク島、ギリを巡り、
その後ネパールに行きアンナプルナトレッキングをした後、3/24日本に戻った。
既に日本に戻って一ヶ月を迎えようとしている。日本に帰って来た!と言う感動を伝え、旅の終わりを報告するには
少し遅くなりすぎたが、旅の終わりをここに記すことにする。

思えば2010年の初め、社会人5年目を迎える頃に30歳になる手前
この先をどうするのかを真剣に考えるようになった。その頃、企業で働くという事に何の不満も無いどころか
むしろこのまま経営の勉強をして出世してやるとさえ考えていた。しかし同時に当時の英語力や対話力などには
不満もあった。海外の大学でマスターを取る事も考えたが、そこまでお金に余裕も無かった。

そして決めた世界一周。
1年半の予定で日本を出たが、結局倍の3年という月日を海外で過ごすこととなった。

訪れた国は全部で86カ国。旅前に行った国を合わせると、100カ国。
でもそれを聞いて、何になるんだろうか。
ただやはり歳を取っては中々出来ない経験をまだ体も心も腐りきっていない3年前に始められた事は
良かったと思う。もちろん何歳になっても旅は出来る。ただまだ若いうちに行く事でその旅で
経験した事を今後の人生に活かすという意味では、やはり若いうちに行った方が良いのかもしれない。

世界を旅していると、同じ人間など一人も居ないと言うのを改めて感じた。
みんなそれぞれの考え方やそれぞれの生活環境、収入、家族、そして価値観を持っていた。
人生はこうあるべき、そういう固定観念を持っている人は滅多に会う事が無かったし、
殆どの人が(旅人もそう出ない現地の人も)、君はそういう生き方を出来ているんだから
そのまま楽しめば良いんだよ、と良いながら認めてくれた。結局はどんな人生、生き方であっても
自分が納得出来るものであれば、それがどんなものであっても良いのではないか、と言う事だった。

自分が納得出来る人生。

それは人それぞれだし、自分の考え方次第でどんなものにでもなる。
ハードルを上げて、それをクリアして行く人生も面白いし、自分の置かれた状況を受け止めて
その中でやれる事をやって行くのだって面白い。外部の影響はもちろんあるけど、大体の事は
自分の頭の中でコントロール出来るのだと言う風に考えられるのだと思う。ただ一つ、自分で
コントロール出来ないもの、これは恋だ。

旅中に色々した出会い。
その中でもわしに大きく影響した出会いはアメリカでしたホームステイ先の
DedeとMichalだった。特にホストマザーであったDedeの底抜けの明るさと鋭い視線。

"思っている事は全てわたしに言いなさい、どんなことでもいいから。今ユウスケは何かを
思っているけどそれを口に出来ていないでしょ?そうなりたいから海外にでてきたんでしょ?"

ホームステイを初めて早々にそんな事を言われた。
あ、この人にはわしが考える事は言わんでもわかってるのかな、そう思わされた。
それから3ヶ月、毎日話をし、泣いたり笑ったり飲んだり吸ったり、そういう生活をする事が出来た。
Be honest with yourself. それがその家族からのメッセージだった。

それとアフリカのオーバーランドで出会ったオージーとの出会い。
世の中にこんなに素晴らしい男がいるのか、そう思った。何よりモンティは
全てを楽しんでいた。それに周りにいる人々のケアを欠かさずに、且つ自然にしていた。
アフリカで会った1年半後、わしがオーストラリアに行ったときも、わしの事を気にかけてくれ
週末になると電話をくれ、誘ってくれたし、クリスマスにはファミリーパーティーにも招待してくれた。
人を思いやる事、自然にモンティからはそういう事を感じ取った。

人を思いやりながら、自分に自信を持って生きればわしは満足な人生をおくれるのではないか、
旅をしているうちに本当にそう思うようになった。今日はスーパーにいたおばあさんが困っていたので
手を貸した所、本当に親切だね〜と、言われた。が、そんな大した事をした訳ではない。
日本は親切さや優しさ、人を思う気持ちが足りないのか?と、丁度思った所だった。

旅を長くすれば良いと言うものでもない。
ただ旅が長くなったが故に点と点がつながった先に待っていた出会いと言うのもあった。
そういう出会いは本当にかけがえの無いものだと思う。そして今はそれを大きく感じている。

3年離れた後に改めてわしの目に映る日本。
意外と普通だった。でも街でお辞儀をぺこぺこする人や、すみませんと謝る人を見ると
何でそんなに!と思う事はあるし、セレクトショップに行った時に、店員がしゃいませ〜、と
低い声で連呼する姿を見ると苦笑もしてしまう。

3年ぶりに帰った実家。ばーちゃんのぼけが進行していた。
家庭はあまり安定した状態ではない。それも仕方ない。

さてこれからわしは一体どうするのだろう。
中途半端に残った貯金。無いよりはマシなのだが、ちょいと中途半端だ。
はっきり言って野望なども無い。現実的にとりあえず2、3年働いて、通訳ガイドにでも
なるか、その程度である。ただわしは何処でも行ける。自由であるという風に思いながら
どんな環境にいても生きる事が出来る気がする。そう思える事が、わしの一番の強みであるのだと思う。

とにかくわしは無事だ。
無事で何よりであった。
助けてくれて方、読んでくれた方、ありがとうございました〜! 

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                                      22:06, 4/20, 2014、 祐輔

トランジットで一泊。シンガポールで友人と再会。

2014年02月26日 14:18

                                   2:45, 2/16、シンガポール

シンガポールへ向かう朝、宿のオーナーに11時過ぎのトゥクトゥクをアレンジしてもらった。
空港までは7ドル。プノンペンでは殆どタクシーが走っていない。7ドルと言う値段が高いとも思ったが
地下鉄が走っている訳でもなく公共交通機関があるのかどうかもわからなかったので特に値段について
考えるのを止めておいた。

11時まで時間があったので近くのフォー屋台で朝ご飯を食べた。
毎日麺類を食べていたが、飽きる訳でもない。世の中で麺類が一番好きかもしれない。
フォーを食べ、コーヒーを飲んで帰ろうと思ったが、近くにコーヒー屋が見当たらなかった。
コンビニに入り、店員に近くにコーヒーが飲める所が無いかと聞くと、笑いながら、ここで飲めますよ、
と言った。コンビニのレジの裏手で、何やらベトナムコーヒーらしき物を入れていた。
プノンペンのコンビニはカフェを兼用している所もある。日本のミニストップの様にお客が座るスペースも
用意してある。それにwifiも使えるので、便利だった。

コーヒーを飲み、宿に戻った。
宿主に例を言い、トゥクトゥクに乗り込んだ。ドライバーは何度か話した事のある英語の達者な
カンボジア人だったので、何故かほっとしてしまった。

空港までは30分程でついた。
どんな空港かと思っていたが、ここも新しくなったのだろう。思ったよりも綺麗な空港で
ファストフード店などもあった。もちろんここもwifiが繋がる。カンボジアのwifi普及率は
国の貧しさに反して凄い。

シンガポールまではタイガーエアウェイズの直行便。80ドル程だった。
シンガポール着後の翌日のトランジットフライトだったので、本当にシンガポールでストップオーバー
出来るかどうか、不思議だったがチェックイン時に確認すると、問題なく出来るようだった。
シンガポールにはあっと言う間に到着してしまった。

この旅では意外にもシンガポールは初。これでこの旅86カ国目となった。
しかし我ながら東南アジアを行ったり来たり、何をしているんだろうと思ってしまう。
シンガポールには過去に2回来た事がある。もしかしたら1回かもしれないが、
どんよりとした記憶の中に、マーライオンを2回も見てしまった、と思ったのを覚えている。

今回はもともとインドネシアのロンボク島のリンジャニ山にある火山の景色を見に行くつもりだったので
シンガポールに立ち寄る予定ではなかった。が、バンコクで友達と飲んでいる時に以前2回程バンコクで
会った事のある友人がシンガポールに移った事を教えてくれた。その場で"シンガポールに行くかもしれないから、
泊めてくれ!"、と酔った勢いで言ってしまったのが今回の発端となった訳だった。
快く承諾してくれた友人の山ちゃん。そういう訳で、シンガポール乗り継ぎの便を取り実際に
シンガポールに降り立った。

山ちゃんはシンガポールについたら仕事先であるなんじゃもんじゃという店に直接来てくれと言ってくれた。
シンガポールがどのような所か殆ど覚えていなかったが、グーグルマップで調べてみると、空港から
地下鉄でアウトラムパークという駅へ行きそこから歩けるようだったので、空港で少しゆっくりし
地下鉄に乗った。この日は土曜、時間は18時過ぎだったので今から行くと一番忙しい時間帯で邪魔になってしまう
と思い、空港で1時間程コーヒーを飲んで過ごした。

地下鉄は2ドルちょっとと思ったよりも安かった。
勝手なイメージでシンガポールは全てが高いと思っていたので救われた気分になってしまった。
店まではグーグルマップに従って行くと迷う事無く見つかった。
Copthorn Grand Waterfront という高級ホテルの中に店を構えていた。空港で4ドル払い大きな
バックパックを預けて来てよかったなと思った。こんなホテルの中を前後に鞄を背負って歩き回らずに済んだ。

お店に到着し、スタッフに事情を説明し、しばらくすると山ちゃんが現れた。
約半年ぶりの再会。まさかもう一度旅中に会えるとは思っていなかったのでうれしい再会だった。
それに最近はあまり日本語を話す事が無かったし、一人でいると今まで以上に虚無感にかられる事が正直
多かったのでいつもより嬉しい再会だった。山ちゃんの方も良く来たな~と、歓迎してくれた。
何度も会った訳ではないのだが、前に会ったときから、地元の友達みたいやで、と言ってくれていた。

お店は大繁盛していた。
しまった、時間を外したつもりが、一番忙しい時間に来てしまったらしい。
奥さんも忙しそうにしており、山ちゃんもしばらく厨房を離れる事ができなさそうだった。
"とりあえずビールでも飲んでゆっくりしててや!"、と言われたのでお言葉に甘えてそうさせてもらった。

メニューを見てみると思ったよりもメニューの値段が高い事に驚いた。
後で聞いてみると、シンガポールの同じような店はどこもこれくらいだと言う。
お客さんは日本人と外国人が半々くらいの割合だった。時間が経っても席は満席。
こんなに忙しいのは久しぶりだと奥さんが教えてくれた。まったく何てタイミングの悪い男なんだろうか。

気を使って頂き、めちゃくちゃ美味しい突出しの盛り合わせとお刺身の盛り合わせを出してくれた。
突出しを見た瞬間、高級料亭の様な料理で驚いた。フォアグラや鴨のロースト、牡蠣の煮付けが
一口サイズに盛りつけられ、金箔がちりばめられていた。普通に頼んだらいくら位するのだろうか、
正直そう思ってしまった。お刺身の盛り合わせには中トロに鯛にうに、ハマチにイカ、ホタテといくら。
目が飛び出る程全てうまかった。うますぎて叫びたくなってしまった。すべて日本から空輸されているらしい。
久しぶりにこんな美味しい刺身を食べた気がした。いや、多分日本でもこんなに美味しい刺身を食べた事がないかもしれない、と思う程すべてうまかった。ゆっくり味わって食べようと思ったが、箸が止まらず、あっという間に完食してしまった。やまちゃんは21時30頃厨房から出て来た。もうえーやろ~ビールのもか!と言ってそこから一緒に飲む事が出来た。2つ年下だったが、そんなことを思わせずに気さくに話しかけてくれる何とも気持ちのいい山ちゃん。
何だかその生き様を尊敬してしまう。やはり何かに長けていると言う事は素晴らしく魅力的だなと再度考えさせられた。

こんなことなら2、3泊すれば良かったな、と思ってしまった。
その後もお好み焼きや牛タン、唐揚げなどたらふく食べさせてもらい、12時前に店を出て
奥さんともう一人の友人と4人でK BARというBARで飲み直した。

すると今日はホテル取ってるからそこに泊まってや!、と言って来た。
え?ホテル?と聞き直すと、現在山ちゃんは奥さんとそのご両親と済んでいるため
家に来てもらうと色々とお互い気を使ってしまうだろうから、ホテルを取っておいたよ、と言う事だった。

これには何と言ったら良いのかわからなかったが、ありがたくホテルのキーを頂いた。
せっかく来てくれたんやから気にせーへんといてや~!とやまちゃんは言ってくれた。
本心で言ってくれているのだな~と、思ってしまった。何なんだこのイケメンは、、、、。
こんな事なら宿を取っておけば良かったと申し訳なくなったが、お言葉に甘えさせて頂く事にした。
感激してしまった。こんなにわしの突然の訪問に対して何度もほんま来てくれてありがと~!
と言ってくれた事が嬉しかった。

2軒目のバーで一杯ビールを飲んだ。
すると奥さんがバーのオーナーにわしの話をしてくれていたらしく、
バーでもまた、大量のフルーツの盛り合わせやたこ焼きなんかを出してくれた。
何かわしが世話を過去にした訳でもないのに、こんな一人の旅行者にここまでしてくれるのは
感激でしかない。久しぶりにこんな気分になってしまった。

約3時頃まで飲みながら話した。
わし以外の人も少し酔いがまわっているようだった。
楽しい時間だった。海外で会う日本人はやっぱり面白い人が多い。

帰りはタクシーでホテルまで送って頂いた。
こんな遅くまで申し訳なかったが、チェックインを無事終え、御礼を言うと
また遊びにおいてや、と最後まで見送ってくれた。全く頭が下がらない思いだった。
たった数時間の再会だったが、本当に来てよかったと思えた。

ホテルに戻り軽く横になった。
後2時間後にはまた起きて空港に行かなければならない。
ふかふかのホテルの布団、もう少しだらだらと寝ていたかったな、と思っているうちに眠りについていた。

翌朝6時半に起きるつもりだったが、気付くと7時半。寝坊してしまった。
急いで準備をし、チェックアウトを済ませタクシーに飛び乗った。
空港から市内へ電車で来た時は1時間近くかかったのに、タクシーだと30分程でついてしまった。
焦っていたが、結局時間通りに到着。フライトは一旦デンパサールへ。
そこで1、2泊して、フェリーでロンボク島へ向かう。旅も後1ヶ月程だ。帰国が現実味を帯びて来た。

唯一タクシーの中から取った一枚の写真

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