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ヤズド〜イスファハン〜カシャーン〜テヘラン

2012年10月23日 17:07

                               12:10,10/23、ブハラ、ウズベキスタン

今日の一言:ウズベキスタンの夜は寒いです。昨日久々の寝袋を出動させました。
イランはヤズドからの続き。

10/12、 13:30発のバスでイスファハンへ。
VIPバスで80000リアル、約220円と相変わらずイランのバスは安い。
バスは18時にイスファハンのバスターミナルに到着。バスで宿まで行こうと思ったが
どのバスかもわからず。しかもバスはぎゅうぎゅう詰めだったのでタクシーでむかった。

本日の宿:Amir Kavir
一泊シングル個室で250000リアル、約700円。
朝食、Free wifi(中庭)、シャワートイレは共同。
スタッフは親切で、ベッドも清潔。バスの予約もしてくれる。

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チェックイン後、既に暗くなっていたがとりあえず世界の半分とも言われる広場へ行ってみる。
広場を囲う建物はバザールの用になっていた。

そこを歩いているとエレバンのリタの家であって、テヘラン行きの同じ時間の違うバス(2台同時に出発した)に乗った水原さんと再会。わしのバスは故障するはあげくの当てに国境で置いてかれた時の話をした。
水原さんは一緒に日本人男性と居たので広場から3人で観光スポットともなっているSioSeh橋へ行く事になった。

イマーム広場から歩いて約20分程。途中で見つけたおじさん。
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現在は川に水が無かったもののライトアップされており、なかなか趣きがあった。
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橋を見た後、夕食を食べ宿に戻りインターネットをしていた。
宿のスタッフのおじいちゃんにチャイある?と聞くと通常10000リアルだけど
わたしからのプレゼントだよといって一杯おいしいチャイをごちそうしてくれた。

少々疲れていたので、そろそろ戻ろうかな、、、と思いながらぼーっとしていると

"コンバンワ"、と声をかけられた。

振り返ると普通に欧米人だったのでなんだ~~~。。と少しがっかり。
自己紹介をすると、彼の名前はジュリア、フランス人。
どっかで聞いた事ある名前で、ひょっとしたらペルーであった事あるでしょ?と聞くと、、
それは無いよ、違う人だろ。と言われた。たしかにペルーに居たのは一年以上前、2011年の5月。
違うか、、と思い旅の話やカメラの話をしていた。

でも聞いてみると、彼も去年の5月にペルーに居たという。
ん~~、やっぱりあのときあったジュリアと同一人物かもしれないと思い、
その時話した事を話してみた。といってもクスコで1泊しかかぶってないし、当時話したのも少しだけ。
ジュリアの友達の日本人へemailを翻訳してあげた事や、他にもレイバンの黒いサングラスを
していた事などを覚えていたのでとにかく当時の事を話してみると、、、、、、合致。やっぱり彼だった。

ジュリアもその時クスコで日本人の男女2人組にあった事は覚えていたが
今はわしは一人だし、見た目も相当変わったらしく、見ただけでは全く覚えてなかった。
わしもその時は旅を初めてたった2ヶ月だったので見た目ももっと若々しく、まだバックパッカーという
風貌ではなかったそうな。

不思議な再会があるもんだ。
しかもこんな偶然に、イランのゲストハウスで。
全く、旅は面白いもんだ。

どうやら彼は写真を撮るために車をチャーターしているらしく、明日、イスファハン郊外の
山へ行って撮影をするようなので、一緒に行かせてもらう事にした。

翌日、ジュリアが8時に起こしにきた。
準備をし、そのドライバーのところに言ってみると早速ドライバーに、
"俺はあいつがあまり好きではない。あいつはセルフィッシュで何がしたいのかわからない"、と言って来た。
そういえばジュリアも同じような事を言っていた。

とりあえず車に乗り込み山の方に向かってみる。Zagros山というらしい。
山までは20分程で到着。ケーブルカーで上まで行けるらしいが、午後からしかオープンしないそう。
ジュリアは写真家で、何やら撮りたい写真のイメージがあるらしく、もうちょっと違う場所に行こうと言い
場所を移った。なんだか良くわからない場所に到着すると、イスファハン周辺の住宅街が見えた。
こう見るとかなり大きいイスファハン。

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そして山を下り、公園のような所を通って宿方面へ戻る事にした。
町の中心部に到着する手前に両替の話になって、わしも両替がしたいんだというと
ドライバーが俺が良い所に連れてってやると言う。するとジュリアがお前は両替商じゃないんだから
関係ないと一言、、、、、、そこから口論に発展してしまった。

かなり激しく言い合う二人。。。イラン人の方の肩を叩いてなだめるわし。。。
そしてジュリアがファックオフと言ってしまい、、、ドライバーもキレてしまった。
しばらく沈黙が続き、、ドライバーが車を止め、もうここで降りてくれと言った。

その方が良いと思ったので車を降りた。何もそんなに悪そうな人ではなかったけど、
ジュリアは結構なお金を払ったのに、このドライバーは何も知らないと言う。
ドライバーはこんだけのお金で運転や通訳までしてるのに何であいつは感謝の一つもしないんだと言う。
お金が絡んでいるせいか、それともただ二人の相性が悪いのか、、、理解し合おうとしないのか。
とりあえず車を降りて両替屋を探しに行った。

イマーム広場の方へ歩いて行く途中、両替屋があったので両替をした。
イランボーダーで両替をした時は1EURが36500リアルだったのに、今日は
1EUR 40000リアル。約10%も上がっていた。

そのまま広場に歩いて行き、ファラフェルを食べた。
そのにいたお客さんが英語で話しかけて来たので、アイスコーヒーが飲みたいけど知ってるか聞いた所、
そこまで案内してくれた。広場の近くにあるカフェで、コーヒーもうまかった。

コーヒーについて質問しまくるジュリア。
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ジュリアも落ち着いたようで、モスクを一緒に見て回った。
イランの入場料はどこもかしこも5000リアルと安い。

こちらはMasjed-e Sheikh Lotfollahというモスクの内部。天井に光が差し込むと
中心部に縦のラインが浮かび上がり、クジャクの様にみえるそうな。
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イスファハンと言えばイマーム広場。世界の半分、The Half Of The Worldと言われている。
でかすぎて写真もうまく撮れない。。。。
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夜になると人々が集まり、芝生の上でチャイを飲んだりして寛いでいた。
イマーム広場周辺はアーケードの様になっており、土産物屋が沢山ある。

そこからBazar-e Bozorgを歩き、Masjed-e Jamehというモスクまで歩いた。
ずーっとバザールの様になっていた。

バザールの通り1。
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バザールの通り2。
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途中で見つけたキャラバンサライ。
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バザールで欲しかった32GBのSDカードを見つけたので購入。
これまでの旅で一番安かった。台湾製で約1500円だった。
ついでにSIMカードも購入。150000リアルだった。
そしてイランにはソフトクリーム屋が沢山ある。そしてうまい。たったの20円。

宿に戻るとトラブゾンでイランビザを一緒に申請したロシア人とニュージー人と再会した。
トラブゾンからここまで来るまでの旅の話をした。トラブゾンではあまり話をしてなかったけど
二度目に会うと自然と親近感がわいてしまった。

この夜はインドネシアから自転車でここまで来たという日本人とも出会い
話をしていると12時を過ぎていたのでベッドに戻った。明日は昼くらいのバスでカシャーンという
イスファハンとテヘランの間の町に立ち寄る事にした。


10/14、チェックアウトを済ませ、宿にいた中国人バックパッカーとジュリアと一緒にKaveという
バスターミナルへ向かった。バスターミナルに到着、チケット売り場でチケットを購入すると
次のバスは13:00発だったので2時間程待つ事になった。チケットは55000リヤル,所要2時間半。
ただ待っているのも退屈だったのでチャイハネに行き、シーシャをぷかぷか。
あっという間に時間になり、バスでカシャーンへ向かった。

毎度のごとく、バスで寝てしまい、あっという間にカシャーンの Montazeri広場に到着。
そこからタクシーで宿まで行こうと思ったが、値段を聞いてみると少し高かったのでそんなに遠くなかろうと思い歩いて行く事にした。しかし、、降りた場所が宿から近いと勘違いしていたらしく、まだまだ遠い。。。

道を聞きながら歩いていると、一人のイラン人青年が宿まで一緒に着いて来てくれた。
インドなら、、、うざいと思ってしまうが、イランではありがとうと素直に言えるのが良い。

そして40分程歩いた後、ようやく宿に到着。

本日の宿:Khan-e Ehsan、historic house Ehsanとも言うらしい。
ドミ一泊200000リアル、ツインは250000リアルだったが、ドミの鍵が見つからない
という理由で、ドミ価格でツインに泊まれた。
Free Wifi、朝食、タオル、石けんもあり。共同シャワー。ホテルはきれいで、
スタッフもとても丁寧だった。バザールまでは歩いて2-3分だった。

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到着後、早速観光へ。
まずはMasjed-e Agha Bozorgという近くのモスクへ。歩いてものの3分程だった。
中には無料で入れれる。色のきれいなモスク。

入り口手前。
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入り口の門を入ってみると、珍しく今まで見て来たモスクとは構造が違う。
なんと二階建ての様になっていた。
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この辺りには歴史的家屋が2つ程あり、入ろうと思ったが入場料が高いため諦め
スルタンハマムというハマムに入ってみた。中はなかなかゴージャスで見応えがあった。
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それを見た後、カシャーンのバザールへ。
歩いている途中、ボロボロの家屋。なかなか街全体を維持するのは難しいんだなと思う。
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バザールも売ってるものは他の街のバザールと変わらず。結局イランでは何にも買ってない。
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買える前にティーハウスで寛いだ。
バザールの中にあり300年前まではハマムとして使用されていたらしい。
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と宿で夕食し、静かな宿で就寝。珍しく宿泊者を見かけなかった。

10/15、
9時頃起きて朝食がついているのかを聞きにいくとついていたのでお願いした。チャイと目玉焼きとパン。
しかし眠かった。昨日も宿には九時前には帰っていたのにシャワーを浴びるのが遅くなったせいか
寝たのは結局二時頃だった。朝食を食べた後、チェックアウトをしてバスが発着している広場へ。

テヘラン行きのバスはここから30分起きに走っており、ドライバー達が"テヘランテヘラ~ン!"と呼びかけているのですぐわかる。カシャーンの街にはターミナルはないのかな。テヘランまでは60000リヤル、たったの120円。これで三列シートのVIPバスで、エアコンはもちろん、通常のジュースとスナックを乗務員が一人一人に配ってくれる。多分現地の人にとって見れば全く安いものでは無いのだが、外貨を持っている人からすればものすごい安い。昨日ティーハウスなる所で50000リヤルもするティーセットを頼んだのが悔やまれるw
まぁとにかく、移動は安い。何ともアンバランスな物価だ。

テヘランの南バスターミナルには14時過ぎに到着、またここに戻ってきた。
ロンプラには三時間半かかると書いてあるが実際は二時間半。
ここからアゼルバイジャン行のチケットを買うため東バスターミナル、テルミナルアザディへ向かう。

メトロでもいけそうだったが聞くとターミナル前からバスが出ているというのでバスで向かった。(5000リヤル)

イランで初めてのローカルバス。前部に男性、後部は女性と区切られていた。
南バスターミナルから東バスターミナルまではバスでおよそ40分かかった。

とにかく車が多く排気ガスがひどい。
Azadiバスターミナルらしきところに到着、ローカルバスの集まるところで、かなり大きい。
地下鉄の駅もあった。そこから何人かにターミナルのチケットオフィスの場所を聞いて少し歩くと長距離バスターミナルがあった。

バクー行のバスを探しているとイスタンブールやバトゥミの看板見つけたのでそこで尋ねて見ると、
バクー行はPM10時発で600000リヤル、約1500円。
財布を見て見るとどう見ても560000リヤルしか無かった。

困った。両替屋もない。
バス会社の兄ちゃんにこんだけしかお金無い、そう言うとお金を数え始め、チケットをくれた。

その後、いらん入国初日にテヘランまで乗せて行ってくれたアリさんに会うため電話をした。
地下鉄に乗ってコカコーラ駅まで来れる?と聞かれたので行って見る。
しかしガイドブック見てもコカコーラ駅なんて名前の駅は見当たらず。
切符を買う際駅員に聞いて見ると片方のプラットフォームを指差したのでそこから来た電車に乗って見た。

車内の乗客に聞いてみるとコカコーラ駅と言うのは通称でナビールが正式な名前らしい。
1人のイラン人が彼の名刺に山の事なら聞いてくれと書いて渡してくれた。どうやらわしのバックパックをみて登山をしに来たと思ったらしい。降りる駅が同じだったのでついていくと、ジュースを、買ってくれた。
アリさんに電話をして見ると"どこどこー、出て来てー"と言われたので駅の外で待って見ると迎えに来てくれた。
約一週間ぶりの再会。

家に帰るには早いと言うのでテヘラン周辺をドライブ。
よくわからないドライブだったw 山の方まで行って同じ道を通って帰って来た。
イランのドライブと言えば山方面が主流なんだろうか。

家に到着。テヘランのどの辺りかはわからないけどどうやら中心部ではなさそうだった。
家は三階にあり、入って見ると結構広い。独身のありさん、部屋のど真ん中に布団を引いて寝ているよう。

アリさんのお家。
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その後、家でスープ、テレビをみながら談笑。相変わらずこのおじさんは面白い。
BBC Persianがあり、出演者はイギリス在住のイラン人。
女性はスカーフもかぶってないし、ばんばんテレビ上で意見を言っているのが見ていて不思議だった。
同じイラン人でも国を出てしまえばすべてが自由。

テレビではシリアの現在の戦闘風景、アフガニスタンの映像なども放送してた。
テヘランにもたくさんのアフガニスタン人が出稼ぎに来ており、多くが重労働をしている。
中国人のような顔つきをしている人たちはアフガニスタン人だったそうな。

フルーツやらお菓子を一杯持って来てくれた。

アリさん、
”これー食べて食べてーー”

わし、
"チャイ待ってる"

"あーーーチャイチャイチャイ!"

タイ語にきこえる。タイ語でチャイはYes。つまらん話ですみません。。。

アリさん、イランの政治家やボスなどがテレビに出てくると、"だいきらいと"一言。
キックする動きをしてからの、"変な親父!"と、不機嫌そうにテレビに向かって言っていた。
ってどっちが変な親父やねーーん。

そう言うわけでおじさんと2時頃までテレビをみながらゴロゴロとして就寝。

翌10/16、
起きると12時過ぎ。久しぶりの10時間睡眠ー!しかしよく寝た。

アザディバスターミナルには有人の荷物預かり所あった。50000リアル。
今日のレートは1$36000とまた一割ほどリヤル安。

バスターミナルに荷物を預け少しだけ夜のテヘランを歩いた。
地下鉄を使はかなり綺麗だったが、ラッシュ時のせいでぎゅうぎゅう!

最初に来た電車には乗れず次のに乗った。地下鉄でも色んな人から声をかけられる。
一人英語で話しかけてきた男は短聞い話の後、わしの耳元で"I hate this country!"と訴えてきた。

テレビでも女性グループのデモが頻繁に起こっているのが見られるし、近い内イランでも変化があるかもしれないと思わざるをえなかった。バザール近くを歩いて見たが既に中はしまっていたのでFerdowsiと言う駅の周りを歩いて見た。靴屋が多い。駅周辺には施設の両替商がひしめき合っていた。闇両替のおじさんたちも声をかけて来た。

他のイランの街とは違ってテヘランは巨大な街、どれくらい見所があるのかはわからなかったけど一日で回れるようなサイズでは無かった。テヘラン、その街の名前には何故だか惹かれてしまう。

早めにバスターミナルに戻りターミナルの食堂で飯を食べた。飯を食べているとアリさんから電話があり、
"大丈夫~?今どこ~?"、と心配してくれた。
"バスターミナルでご飯を食べてるよ"、と言うと
"あぁ~良かったね~またね~気をつけてね~"、と言ってくれた。

でも結局一緒に写真は撮らせてくれなかったなw

飯を食べていると食堂のテレビでイラン対韓国のサッカーの試合がやっていた。
イラン人も夢中で見ている。スコアは0-0となかなか良い試合に見えたが、その直後、
イラン側のファールで一名退場になってしまった。
せっかくイランで見ているのでイランに勝って欲しいがこれでは。。

そろそろバスに向かおうと思った矢先、なんとイランがゴールを決めた。
バスターミナル中から歓声が聞こえ一緒に喜んでいると、お前はコリアじゃないのか?と話しかけて来た。
ジャポンだよー!と言うと、一緒に喜んでくれた。
このままイランが勝つと良いなと思いながらバスへと向かった。

バスは既にターミナルに来ていたので荷物を預け、座席についた。
VIPバスでは無かったがそれでも普通にきれいで大きいバス。リクライニングもちゃんとできたので
十分寝れそうだった。バスに乗り、いつもの様にジュースのサービスを待っていると、、VIPバスでは
無いから無いらしく、、、結局ミネラルウォーターだけくれた。そんな事ならコーラでも買っておけば良かった。

そんなこんなで寝たり起きたり、テヘランを22時に出発したバスは
翌朝6時、国境沿いの町、アスタラに到着。また新しい国へ向かう。次はアゼルバイジャン。
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少し違った風景を求めて。 イスファハン〜ヤズド

2012年10月21日 21:38

                            14:41,10/21、サマルカンド、ウズベキスタン

10/10、午前4:40、イスファハンから夜行バスに乗って、ヤズドのバスターミナルに到着。

バスを降りるとタクシードライバーがシルクロードホテルと声をかけて来た。
エルイスの話ではバスターミナルに着いたらシルクロードホテルのマネージャーに電話をし、迎えにきてもらうことになっていたが、そのドライバーはエルイスの番号を知っていたので間違い無かった。

まだ暗いヤズドの町を走りホテルには10分程で到着。
宿に着くとフリー送迎の筈のドライバーが60000リヤルを請求してきた。
なんか昨日から変な事が多いなーと話しながらこんな朝からもめるのも嫌だったので代金を払った。
宿のスタッフがこちらに来て、ホテルはフルだと言う。またまた変な話だ。

シラーズの宿のマネージャーからの紹介で話はついていると思ったのに全然話と違う。
取り敢えず空いているドミトリーがあったのでそこで少し寝る事になった。
10時過ぎ、エルイスが起きホテルのマネージャーと話をしてくると部屋を出て行った。
頼もしすぎるw しかも歳はタメだった!そして戻ってくると取り敢えず朝ごはんを食べられることになったから食べようと言って来た。朝飯を食べながら昨日今日のストレンジな日々の話をしていた。

朝食を食べていると突然スタッフの態度が変わりだし、山盛りフルーツなどを持ってきてくれた。
ようやく話がマネージャーまで届いたらしい。少しするとマネージャーがこちらに来て色々とすまなかったと言ってバス停からのタクシー代を返金してくれた。そして到着してからのドミトリー代は取らないし、予定通り今日一泊は無料でツインルームを使わせてくれることになった。
翌日からは一泊一室500000リヤル。エルイスとシェアなので一泊約700円。なんと破格!

本日の宿 : Silk Road hotel
通常はいくら?ドミでたしか一泊100000リヤルと言っていた気が。
朝食あり、Free wifi、ツインにはプライベートシャワートイレ、ヒーター、タオル、冷蔵庫あり。
ロンプラでトップホテルと紹介されているがつい最近まで評判がガタ落ちしていた宿。
もともとオーナーはオランダ人だったのがビザの関係で強制退去。
その後のマネージャーの管理が最悪で部屋は汚く対応も悪くなっていたらしい。
二週間前にオーナーが変わり、またまともなマネージャーになったそうな。
汚名返上の意味もあり今回は一泊無料にしてくれたらしい。お客さんに戻って来てもらうため、改善に取り組んでいる。全く問題ないと思う。

ドミ。
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こちらはツイン。
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朝食を食べているとエルイスが別のテーブルに座っているイラン人女性のスカーフがめっちゃ可愛いと言い、
どこで買ったのかを聞きに言った。彼女はそう言う性格で、、思い立ったら何でもすぐやる系。
そのイラン人はテヘラン出身のカップルだった。名前はソヘイ、ナヒーン。

エルイスが数分話した後戻って来た。
ちょっとした後イラン人の彼女がわしらのテーブルに来て、そのスカーフを良かったらどうぞと言ってエルイスにプレゼントしてくれたのだ。すごいなと思いながら見ているとエルイスも嬉しさのあまり泣き出してしまったw
 
それがきっかけでそのカップルの席に移りしばらく話をした。
話しをしている際、二人は幸せそうに手を握りながら話したり見つめあったりしていた。
イランではなかなかこういう光景は見られない。とても微笑ましい光景だった。
きっとイラン人女性の多くがもっと自由に愛を表現したいのだろうと思った。
彼女に聞いてみるとスカーフをまとうのはもう嫌だといっていた。
エルイスが2人の写真を取ると彼女の方が彼のほっぺにキスをした。素敵な光景だった。

イランでは公共の場で異性間の間で手を繋いで歩くことも法律で禁止されているらしい。
ゲイも禁止されており捕まるらしい。

街で出会う女性達はそれでもフレンドリー。
いつの日かまた女性たちがスカーフなしで街を歩ける日が来たらどんなに素敵なんだろうかとおもってしまう。
そうなったらものすごい笑顔がイランじゅうに溢れるのだろうと。

彼女たちは午後五時に一緒に山に行こうと誘ってくれたのでまた後で会うことにした。

部屋に戻りシャワーを浴びて少しぼーっとしたあと街を歩いた。少しだけ。

ヤズドは泥の家が多くある。
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モスク内部。現在は修復工事をしている。
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そして待ち合わせ時間になったのでホテルへもどった。
カップルらと集合し、駐車場へ向かった。すると、

"今宿に警察がいて、車を乗せる所を見られると面倒な事になるから、大通りまで歩いてくれないか?そこでピックアップするから"、と言われた。

やっぱりイランでは警察は厄介な存在らしい。ん~、不思議な国だ。

その後、車に乗せてもらい山の方へ車を走らせた。
車内では色々と話をしたが、彼が以前カウチサーフィンを通して色んな外国人を泊めていた所、
警察が家にきて事情聴衆を受けたらしい。スパイ行為と勘違いされ、結局アカウントをクローズせざるを得なくなった。人の家に泊まる事自体、あまり公では良くないらしい。

車内は大音量の音楽。ナヒーンは少し変わった子だった。明らかに彼氏に話しかける時の声と
わしらに話しかける時のトーンが違った。要するに、、、彼にでれでれだった。車内では大はしゃぎ。

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到着先はよくわからない所だった。別に山という訳でもなく、何かある訳でもなかった。
適当なところで車を止め、音楽を聴き、星を見ながらノンアルコールビールで乾杯した。
1時間もドライブして来る所ではないと思ったものの、、、まぁそれはそれで。

その後ヤズドに戻りピザをごちそうして頂いた。。
宿に戻りノンアルコールビールをまた飲みながらイラン人にバックギャモンのやり方を教えてもらう。
人生発バックギャモン。こんな簡単なゲームだったんだ。

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翌朝12時頃起きた。あまり良く眠れず。
シャワーを浴びた後ヤズドオールドタウンを歩く。ヤズドのオールドタウンもうねうねしており迷う。
どことなくマリのジェンネにとても似ていた、泥の家という点で。

町にはちょろちょろとペルシャ語で何か書いてある。
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途中の絨毯屋のペイント。
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そこの屋上から一望とまでは行かないけど見えた景色。
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大量の絨毯。意外とかわいらしいのがある。一枚くらい買っておけば良かったな~。。
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小路の壁。一体写真の人は誰なんだろうか。
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町中で見られるこのようなアーチ型の壁。この形には意味があるんだろうか。
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遠くに見えるモスクも泥。タイルでは無かった。
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ここで気付いたけど、イラン人も結構シャイな人が多く、気さくに話しかけてくる人も入れば
こちらの様子を伺いながら話しかけてくる人もいるし、もちろん無愛想な人もいる。
子供もシャイな子が多かった。
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これは何だ?モスクでもなさそう。
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そして夕日に照らされるモスク。
ただ、ここも入り口は鍵がかかり、中には入れなかった。
ゴミが散乱して、もはや廃墟。多分お祈りもここでは行われていないと思う。
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オールドタウンでは無く、新市街と呼ぶのかどうかはわからないけど、ガイドブックに乗っていたので
行ってみた。Amir Chakhmaq complexという場所。
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その近くにあった奇妙な柱。
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そしてそのままヤズドのバザールへ。
こちらも相変わらず同じような商品が。。。
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少し細い道なんかに行くと、小さな野菜店なんかがある。こういう風景の方が
バザールよりも楽しい。
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宿に戻り宿のレストランでビーフカレーを注文。久々のインドカレー。うまかった。
今晩ヤズドの音楽家の追悼コンサートがあるらしく、いくらかわからないけどそれに行く事になった。
宿の台湾人とドイツ人、香港人とわしら、宿のスタッフでコンサートホールへ。

会場は結構お客さんが入っていた。
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そして演奏開始。

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プチオーケストラみたいだったけど、音楽はペルシァンの伝統音楽。
そういえば、、ペルシャ猫ってここが起源なのか?ん~~、まだ見てない。

コンサートは約1時間半程続いた。なんだか曲調がどの曲も
似ていて少し退屈だった。夜風に当たりながら宿まで徒歩で帰り眠りについた。
翌日は世界の半分と言われる広場のあるイスファハンへ。

シラーズ。深夜特急を思い出す。 - テヘラン〜シラーズ -

2012年10月18日 20:32

                                14:47,10/18、バクー、アゼルバイジャン

10/8、シラーズ、イラン

テヘランからのバスに乗り、バスドライバーにシラーズシラーズと起こされた。時計を見るとまだ6時。
シラーズまでは12時間かかるはずなのにおかしいなと思いながら外に出て見るとどうやらバスの乗り換えらしい。

ここはまだイスファハン。
バスを乗り換え更に6時間バスに乗り、午後1時頃、長旅を終えシラーズのKarandishバスターミナルに到着。

地図を見ると街自体はそんなに大きく無く、歩こうと思えば歩けそうだった。
到着後、何か食べようと思いバスターミナルを、うろついて見た。
コーラを買ってベンチに腰掛けていると2人の若者が隣に座り、わしの腕時計を指差し何やら言っている。
またか、と思い少しして席を離れた。イランに入ってから既に数回、腕時計を見せてくれだの交換してくれだの言われていたので今日以降は時計を外すことにした。

それに彼らは何やら怪しい物体の入ったジップロックを持っていた。多分マリファナか何かだと思う。
隣はアフガニスタン、ドラックも簡単に手に入るはず。

取り敢えずロンプラに乗っている一番安いホテルにタクシーで行って見ることにした。
ターミナルを出て少し歩く。道脇に車を止めていたおじさんに道を聞いて見るとそこまで送ってくれると言ってくれたのでお言葉に甘え乗せてってもらうとホテルの近くの通りに到着。そこから歩いてホテルまではすぐだった。


本日のホテル : Niayesh boutique hotel 
ドミトリーが一泊250000リアル、今日は1$のレートが30000リアルだったのでそれで換算すると約八ドル、
640円。朝食付き、遅いけどwifiもある。ホテルはレセプションもあり夜はガードマンもいるのでセキュリティは問題なし。場所が少しわかりにくいが近くに行くと看板が沢山ある。中庭がレストランとなっていて食事も安くボリュームもあるのでかなりいい。タオルもある。レセプションではタクシーなどのツアーもある。ペルせポリスのツアーは15$、朝の八時出発で昼過ぎに戻って来る。チェックアウトは2時。

ドミトリー。
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宿の中には兼レストラン。
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到着後、少し中にはでチャイを頼んで見るとお菓子がたっぷりついてきた。
値段が少し高いと思っていたけど40円!ホテルなのにこの値段には驚いた。

そこでオランダ人のエルイスと女性と出会い少し話をした後、同じく宿に泊まっていたベルギー人のアンドルイと一緒に両替がてら街を歩くことにした。宿には多くの旅行者が宿泊している。中国人のグループもいた。

宿近くの通り。

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街を歩き始め両替屋の場所を確認していると噂通り何人ものイラン人がどこに行きたいの?と声をかけてくれた。その中の若いイラン人二人がそこまで一緒に行ってくれるというので連れてってもらう。
連れてってもらったところには両替屋が二軒とその前に闇両替の人がいた。
レートは両替屋が1ドル28000リヤル、闇両替が30000リヤルだったので闇両替で50ドルを両替。
1,500,000リヤルを受け取り一瞬にしてミリオネアとなってしまった。

途中で見つけた映画館。

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そのまま道をあるいているとそのイラン人の二人の友人が公園でギターの弾き語りをしていた。
思ったよりもイランは自由だなと思った。女性も全身真っ黒と思っていたがカラフルなスカーフを巻いている人が多いし、働く女性も沢山。

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案内してくれたイラン人。

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6時過ぎ、既に暗くなり始めていたのでかえる前にチャイを飲むことにした。
一軒のチャイ屋に入りシーシャとチャイを注文。

一時間程イラン人と話をしているとなにやらジャポンジャポン、ジョウモンジョウモンアチョーと言ってくる。
縄文?なんのことかと思った。黒澤映画の事を言っているのだろうか。

アチョー!アタタタタとケンシロウの真似をすると全員大爆笑!
複数回のアンコールまで頂き、アチョーアチョー言っているとみんな携帯を取り出しムービーを撮り始めた。
オランダ人とベルギー人もちゃっかり便乗してムービーを撮っている。
いつの日か辛い事があったらこれを見て少しでも楽になってくれと願うばかりだ。笑

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チャイ代を払い店を出ようとするとイラン人がお金はいいといってくる。
数回わしらが払うと言うもののお金は受け取ってくれなかった。後で聞いた話ではイランではタロム?と言う習慣があり、三回相手にお願いするのが普通らしい。例えばもしこちらが相手の分も払おうとする場合、"俺が払うよ"、"いやここは僕が"、"いいよ払うよ~!"、"いやいや僕が"、"払うって~"、"じゃお言葉に甘えて!"と言った具合。
なんか日本の習慣みたい。

イラン人の二人にお礼を言ってホテルに戻る前に夕食を食べに行くことにした。
ロンプラにも乗っている少し豪華なところに行くことになった。タクシーに乗り数分、
Haft khanと言うとレストランに到着。三階建てで各フロアーに違うレストランが入っている。
最上階のレストランで食べることになった。ホテルのレストランに比べると料金は二から三倍。
それでも前菜、パスタ、ノンアルコールビールで800円程。豪華なレストランも格安でエンジョイできる。
注文はシーザーサラダとカルボナーラスパゲティ。あっ、WIFIが飛んでた。

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食後コーヒーを飲んでから宿までタクシーで戻った。タクシーも約一ドルと格安だった。
ホテルに戻りこれからヤズドにむかうベルギー人を見送った後、エルイスと一緒に近くのナイトバザールに行ってみた。ナイトバザールといっても道端に中国製の日用品などが売られているだけのバザールだったが、それはそれで面白かった。

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近くの商店でまたノンアルコールのビールを買い、宿に戻る
。エルイスはとても良く喋り、パワフルな女性で彼氏は何処かの秘密組織で働いているらしい。
夜遅くまで話し、結局ベッドに行ったのは二時すぎだった。

宿のガードマンのおっちゃん。
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宿近くの路地。
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10/9、

"スリーピーヘッズ!!"

エルイスの声で起きた。8時だった。睡眠時間は短かったが深い眠りにつけた。
シャワーを浴び朝食を食べに行くと、テヘランから旅行に来ているというイラン人のグループがいた。
すべて女性だったが、みんな楽しそうにしてたので写真を撮らせてもらった。
イェーイ!と言うとみんなイェーイ!!と言ってくれた。おばちゃんパワー。とても感じが良かった。

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エルイスとオーストラリア人とタクシーをシェアしてペルせポリスへ行く事にした。
タクシーはペルせポリス往復で25$、ホテルのレセプションに頼んだ。

ちょっとするとタクシードライバーが宿に迎えに来た。
オーストラリア人が帰りにイラン航空に立ち寄って欲しいとホテルのスタッフを通して伝えるとドライバー追加料金を求めて来た。それを聞いたオーストラリア人は、、、

"ファック!俺らは半日貸切の料金を払ったんだからなんでダメなんだ!"、と少し気分を害していた。

同様にオーストラリア人にどやされたドライバーもわしらを置いてタクシーの方へスタスタと歩いて行ってしまう。なんだかやな雰囲気だな朝から~と思っているとホテルのスタッフも私は悪くないですよね?と言って困り果てていた。(観光後、ホテルに戻るとホテルのスタッフがドライバーのサービスが悪かった事に対して一人4$の返金させて頂きますと言って来た。驚いた。)

ペルせポリスまでは45分で到着。機嫌悪くしたドライバーの運転はまるでカーチェイスのように荒かった。
チケットオフィスで約20円の入場料を払い高校の時からその名前に惹かれていたペルせポリス見学。

ペルセポリス(Persepolis)はアケメネス朝ペルシア帝国の都。ダレイオス1世(ダーラヤーウ1世)が建設した宮殿群であった。遺跡はイランのファールス地方(当時の地名はパールサ地方)にあり、ペルセポリスの名はギリシャ語の記録に由来する。ペルシア語でなんと呼ばれていたのかは未だ不明で、現代ペルシャ語ではタフテ・ジャムシード、「ジャムシードの玉座」と呼ばれている。紀元前331年、アレクサンドロス大王の攻撃によって破壊され、廃墟となった。(wikipedia 参照)

ペルせポリス内は殆ど影が無いためこの時期でもかなり暑かった。
遺跡自体はそれ程大きく無く、ざっと見てしまえば一時間で十分な広さだった。遺跡内を順序に沿って歩く。
コラムやレリーフなどはとても保存状態が良く、本当に2500年も前のものなのかと疑ってしまった。
エジプトの遺跡と比べると似ているようで少し違う。レリーフや規模についてはエジプトの方が圧倒的にすごかったけど、ここはここで人も少なくなんだか落ち着いた雰囲気があり好きだった。

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途中何度も休憩をしながらゆっくりと二時間少々観光をしてドライバーの所へ戻ろうとすると、
ドライバーが時間だ時間だ!といってわしらを探しに来ていた。
怒っているのかただ不破愛想なだけなのかがイマイチわからなかったが、取り敢えず写真に夢中であろうエルイスを探しに行く事にした。ハイライトのレリーフのある場所に行ってみると彼女がいたので時間だよと告げタクシーへ戻った。その後車で10分程にあるミニペトラ遺跡のような所にも行ってくれた。NAQSH-E ROSTAMという遺跡らしい。ツアーでもこの二箇所に行くのが一般的らしい。

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ペルせポリスからシラーズに戻った後、聞きたい事があったので旅行会社に行って見た。
テヘランからアゼルバイジャンのバクーまでの航空券代を聞いてみるとおよそ6400円。それもありかなと思った。アゼルバイジャンからウズベキスタンへのフライトが10/18ともう時間がないので、テヘランから夜行バスで行く代わりに、飛行機で行く事も考えていた。値段的にはなんとかなりそうだった。

その後SIMカードを買おうと思い携帯屋に入る。
カードはたったの300円程で買えるのだが携帯を忘れてしまったのでまたの機会にすることにした。
宿に戻りARAMGAH-E SHAH-E CHERAGHと言うモスクへ行って見た。

途中で見つけた壁にかかれた絵。誰だろう。
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残念ながらモスク内は撮影禁止なので、カメラを預けてから中へ。しばらく外の絨毯で座ったあと、
中に入って見る。ムスリムで無くても中には入れるようだ。

モスクの外観。
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中に入ると一人のイラン人が英語で話しかけて来たので話を聞くと、クェートのパナソニックで数年働いたことがあるそうで何やら親日だと言ってくれた。ただ仕事を辞めた後の人生の波が激しく現在は苦しい生活をしているらしい。幾つに見えるか聞かれたので60?と聞くとまだ43歳だった。イラン人はだいたい老けて見える。

髪は白く顔もかなりの深いシワがあったのでてっきりもうおじいさんなのかと思ってしまった。
彼がモスク内を簡単に案内してもらい、その後彼とエルイスと3人でモスクを少し見て回った。

見学も終わり、モスクを出ようとモスク内のポリスステーションの前を通るとポリスに呼び止められた。
一体何の事か一瞬わからなかったが中に来いと言われた。さっきモスク内で携帯で写真を撮ったのがまずかったのか、と思った。少しギョロ目で威圧感のある私服警官の様な人間が、何やら妙な英語で"オケ~~?オケ?"と一緒に居たおじさんを指差した。何がオッケーなのかさっぱりわからないと言っていると、手首をすりあわせ逮捕するとジェスチャー。ちょっとドキッとした。まさかわしが逮捕?少し混乱しているとエルイスが中に入って来てくれた。少し安心。エルイスがわしの携帯を彼女の隠しポケットに預かってくれた。女性であれば警官も触る事さえできないので、携帯を調べられる事もないだろうと言う事だった。

どういう訳かよくわからなかったが、警察が言うには一緒に居たおじさんがマリファナかなんかの売人で、一緒にいると危ないから中に来いと言ったらしい。そして逮捕のジェスチャーはわしではなく、おじさんに向かって言っていたらしい。警官がそのおじさんを追っ払い、少しした後、ようやく開放。

いやいやしかし、警察というのは本当におっかないもんだ。
モスクの外に出るとおじさんがわしらを待っていた。なんだか少し悲しい顔をしていた。
警察から話してはだめだと言われたので、おじさんには悪かったけど無視して目の前を通り過ぎた。
たばこを一本くれないか?と言われたが、それも聞かぬふりして歩き続けた。
本当にそのおじさんが売人だとは思えなかったので申し訳なかった。変なハプニングだった。

その後、近くのバザールへ行ってみた。ここもそんなに大したものは見つける事ができなかった。

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バザール周辺。

肉屋。
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スパイス屋。
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野菜屋。
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バザールを出て大通りを歩いていると、エルイスがさっきからずっと私たちを付けてくるやつが居るけど気付いた?と聞いて来た。まったく気付かなかったが見てみると白いTシャツを下高校生くらいのイラン人がこっちを見ながら歩いていた。最初はあまり気にならなかったが、30分程歩いた後もまだすぐ後ろを歩いていたので、一旦ベンチに腰掛け様子を見てみる事にした。わしらを抜かして歩いて行ったものの、20m程先で待ち伏せをしていた。

一体何が目的なのかわからなかったがそのまま歩く。するとまた後ろを付けて来た。
そして、わしの肩をトントンとして来たので、何?と聞くと、へへと笑いながらジャポン?と聞いて来た。
さっぱり良くわからんやつだな、と思いまた歩き続ける。。。

そしてまたベンチに座ってみると、またこちらに来ては何やら物欲しそうな顔でこちらを見ている。。。
するとその瞬間、その青年はエルイスの太ももを触って道路の反対側に渡って行ってしまった。お。。。

ただの痴漢野郎ではないか。。。。

エルイスもまただ。。とあきれた様子でイランではよくある事よと言っていた。
どうやらエルイスの髪型やたばこを吸う姿、サンダルで歩いている事など、イラン人男性から見ると軽い女と思われるらしい。。。なら外でたばこを吸わずに、まじめなイラン人女性の様に振る舞えばと思ったが、それも窮屈らしい。。痴漢野郎はどこかに行ってしまったのかと思い、宿の方に歩き始めた。するとまだいた。。。

またまた後ろを歩き始め、、何やら今度はおしりを触る隙を狙っているように見えた。
というのも近づいて来てお尻に手を伸ばそうとした瞬間その間にバイクが走って来たので失敗してた。

歩き続け、宿近くに到着した頃、どんどん距離が近くなって来たのでさすがに追っ払おうと思い、その青年の肩を突き放した。なんだか表情がものすごい興奮しており、、、完全に欲情している様に見えた。。。

そしてその男が最後に試みようとしたのは、、胸。w
胸を触ろうと機敏な動きで近づいて来たので今度は腕を掴んで突き放す。すると諦めたのか少し離れて行った。
そしてこちらを振り返り舌を動かし股間を触っていた。。。。何とも、、、気持ち悪い出来事だった。

そのやり取りを見ていた人が車から出て来て大丈夫か??と聞いてくれた。
そしてその痴漢野郎を捕まえようとしてくれたが、猛ダッシュで逃げて行った。

変な出来事が立て続けに起こった後、宿に戻った。なんだか疲れた。
結局シラーズ2日目の夜、11pm発のヤズド行きのバスに乗る事にした。もう一泊する予定だったが、ペルセポリスも見れたのでなんだか満足してしまった。加えて、エルイスが宿のマネージャーと仲良くなっていたおかげでヤズドの評判が悪くなってしまっているシルクロードホテルのマネージャーからフリー送迎と一泊無料のオファーをもらってくれたのだ。宿でバスのチケットを予約してもらい、一緒にヤズドへ行く事にした。

続く。

国境で、テヘラン行きのバスに置いてかれた。。 エレバン〜テヘラン

2012年10月18日 06:40

                               1:02,10/18、バクー、アゼルバイジャン

イランではネット規制のためかブログが更新できなかった。。
VPNで接続したもののFBやTWITTERは見れたけど、何故かブログはだめ。。
遅れましたがイランでの出来事をアップします。

10/6、八時過ぎに起き、桃一つを朝飯が代わりに。パッキングを済ませて忘れずにリダさんと写真を一枚撮りバスでキリキヤバスターミナルへ。本当に優しいおばあちゃんだった。70歳だと言ってた。

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キリキヤバスに到着するとイランナンバーのバスが止まっていたのですぐわかった。
バス脇で座っていると、物売りのおばあちゃんがいたので余っていた小銭をあげた。
すると頭をガンガン触って来た。どういう訳かそのおばあちゃん、タバコを取り出しては葉っぱだけ手のひらに取り出し、鼻から一気に吸い込んでいた。。噛みタバコならぬ吸いタバコ。大丈夫なんかほんま!

そして乗客らしき人々が一斉にドライバーにチケットを見せ始めたのでその列に並び、荷物を預け車内へ。
バスは珍しく三列シート。いわゆるデラックスバスだ。しかも通路にはペルシャ絨毯。
流石にwifiは飛んでないけど座り心地はまぁまぁ良い。後は下痢が急にこない事を祈るばかりだ。

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心配していた下痢は悪化しなかった代わりに、、14時頃バスが急に停車。バスが故障してしまった。
何やらクーリングシステムが故障したらしく、そこに使われている金属パイプが欠けてしまったため、
溶接をしに近くの町に行く必要があるそうな。。乗客には英語を話すイラン人が二名おり、説明してくれた。

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そしてドライバー三人がヒッチハイクで近くの町へ向かって行った。。一体どれくらいかかるかもわからず。
イラン人は本気かジョークか、今日はここで寝る事になるねと言ってくる。

三十分程してわしの前に座っていたイラン人のおっちゃんがウォッカを持ち出し、野外飲み会が始まってしまった。そりゃ、どんだけ待つかわからないなら酔っ払った方が幸せだ。イランに行ったら酒は飲めない。
しかしおっちゃん、イランに酒を持ち込もうとしてたのだろうか。

よくわからんがバス故障ついでに飲み会が始まった。頂いた酒にはビールとワインとウォッカを混ぜた何とも下品な一品。カクテルカクテルと言っていた。飲んでいるのはもちろん男のみで、女性陣は少し離れた場所でお喋りをしている。乗客はどうやら全員イラン人、アルメニアにいるだけあったまだ誰もスカーフをしておらずイラン人女性の素顔が見れるのは少しばかり不思議だった。こうしてイラン人と酒を飲めるのもなかなか楽しい。溶接組は意外と早く、二時間後に戻ってきた。そしてその修理されたパイプを組み立てると見事にエンジンがかかった。
何ともたくましいドライバーだ。そして約三時間ほどタイムロスをしたのち、再びバスは走り出した。

六時頃、夕食のためまたバスはストップ。
アルメニアの通過をすべて使い切ったので何も食べれないたと思っていたが米ドルが使えたので
シシケバブを注文。席に着くと他のイラン人が衝撃的な事を言い出した。

"何でピッグを食べないんだ!?"

えっ?と思っているとウェイターがポークグリルを数皿もって来てイラン人が貪り始めた。。
そして一言、、、、

"ポークはうめぇ!"

不浄なはずの豚を貪る彼らをみていると笑えて来た。食は宗教を超えるのだと。

寝るのに完璧な態勢を模索しながらねたり起きたり。21:40頃、ようやくアルメニア国境に到着。
すべての荷物をもって出国手続きを済まし、10分ほど歩きイラン側へ。川がボーダーとなっている。

イラン側で入国手続き。さすがに緊張する。

パスポートを渡すため並んでいるとご六人のイラン人が話しかけて来た。
若い兄ちゃんで何だが少し小馬鹿にされているように感じる話し方だなと思っていると、
同じバスの乗客が気を使ってくれて、先に行きなと声をかけてくれた。パスポートをオフィサーに渡すと、
そこで座って待っていろという。

そして数分待つとパスポートは別のオフィサーの手に渡り違う場所に持っていかれた。何だが嫌な予感。
入国はいつも緊張するが今回は特別。。。イスラエルの出入国スタンプがあるだけでなくアメリカの学生ビザもあるのでなおさらだ。そして30分程眺めているとパスポートが戻ってきた。

同じバスの乗客はすんなりとすべて手続きを終えたよう。そして別室へ来いと言われる。
これは色々と聞かれるのかなと思いながら別室へ。部屋に入るとコンピューターを指差した。。
一体どういう事?!と思ったら、どうやら指紋を取るためだった。

少しホッとした。指紋を取るという事は入国のためと思ったからだった。コンピュータに入力した後指紋をとり、印刷をしようとすると、カートリッジ交換のサインが出ていたので、プリンターを指差してカートリッジを降った方がいいと言うとすぐに開けてくれたのでそれをかりて降った。すると無事プリント完了。オフィサーも笑いながら”サンキュー、フィニッシュ、ウェルカムトゥマイカントリーと”言ってくれた。プリンター故障と間違えて危うく二度目の指紋読み込みになりそうだった。

そして一時間くらいたった後無事イラン入国。よかった!イランに入れた!イランに来れた!
と喜んでいた矢先、、、、外に出るとバスがいない!まさか、と思うと先程の5人組が、お前何でまだいるんだ!と言う顔でアウトビュスマンジェ!と言っていた、たぶんバスはもう行ったと言っていたのだろう。
正直流石に時間がかかりすぎたので何となくそんな気もしてた。やられた。。はぁ。
40ドルという大金をはたいて結局ボーダーで置いてかれたのだ。

ただ途方に暮れた訳ではなかった。それよりもイランに入れた事の方が嬉しかった。
朝まで待って、ヒッチハイクでテヘランまで行くのも悪くないなと思っていると、
その5人組が何やら

"バスを追いかけよう!"と言っている。

若干いきなりのハプニングにとまどったがグループにはおじいちゃんもいたので大丈夫だろうと思った。
夜中の12時、ここに居ても仕方ないし、とにかく追いつける可能性が無い訳ではなさそうだったのでお願いする事にした。車のってみると彼らは実際6人組。総勢七人、ぎゅうぎゅう詰めの来るまでバスを追いかける事となった。一体何分前にバスが去ったのかは不明だったが、楽観的に追いつけるだろうと思っていた。

しかし車を飛ばしてもらうものの一行にバスは見当たらない。彼らは英語も話さないので何と言っているのかがわからなかったが、もうバスは見当たらないから、今日はジョルファと言う町で寝て、明日の朝タブリーズまで送っていくからそこからバスでテヘランに行きな、と言っている用だった。結局バス追跡はあっという間に断念。
さてこの先どうなるのかが不安になって来た。

車はジョルファと言う町に到着。町の入り口には派手めのライトでRas Freezoneと書いてあった。
少しあやしげに見える。どういうエリアにきてしまったのだろうか。その町のホテルまで送って行くと言って町を少し回送。ホテルが見当たらなかったのか、まだ空いている食堂のような所へ入る事になった。
ここでこの日本人を寝かせてくれとでも交渉しているのか、6人組と店の人間が何やら話している。
もう1時なのに手間をかけてしまって頭が上がらない。

そのレストランで座ってその仲間の様子をみていると、一人のおじさんが何と日本語で話しかけてきた。
最初は耳を疑ったが、はっきりと流暢な日本語を話していた。おじさんの名前はアリ。

かなり達者な日本語で驚いた。しかもこんなどこかもわからない小さな町で。
仲間達がおじさんに対して、バスに置いていかれた事を説明すると、

"そうなのー、私も明日の朝テヘランにいくからー、一緒にこれば良い、今ちょっと眠たいだからー、車で寝てー、朝出発。心配無いよ~大丈夫大丈夫、何にも心配しなくていいよー"、

と少しオネエじみた日本語で言ってくれたのには嬉し過ぎて涙がでそうだった。
これはまさに奇跡の出会い。とにかく助かったのだ。

アリおじさんは九年前に日本から帰ってきて、それまでの約十年間、スバルと三菱で車の部品を作る仕事をしていたらしい。群馬に住んでいたそう。さっきも言ったけど、どういう訳か日本語はおねー言葉で、

"うんうんそうそう~、アタシも~"という具合だった。

今年で50歳。ここまで送ってくれたイラン人グループにお礼を言ってすぐ近くに止めてあったアリおじさんの車で今日は仮眠をとることになった。

おじさんはグルジアのトビリシから一人で運転してきたようで流石に疲れが溜まっていると言っていた。
夜な夜な公園のトイレに行ってイラン式トイレの説明をしてもらったり、何か食べるぅー?と気を使ってもらったり、夜中にも関わらずとても優しくしてくれた。ちなみにイランのトイレには基本的に紙がなく、ホースもしくはバケツが備え付けてあるのでそれでお尻を洗って終了。形はトルコ式。ヨーロッパからどんどんトイレの清潔さが落ちており、とても綺麗と言えるトイレではなかった。

車中では蚊とのバトルが繰り広げられ、アリおじさんも、”虫虫、うるさいなもー、寝れないんだけど!”と気を揉んでいた。結局アリおじさんは夜中町を徘徊しており寝たのはたぶん四時過ぎだと思う。

翌朝、エンジンがかかる音で起きた。時間は七時過ぎ。どうやら通りが騒がしくなって寝れないため、アリおじさんが車を静かなとこに移動させるところだった。
移動先でまた一時間程眠った。これがまた爆睡できる。乗用車の助手席の寝心地の良い事。首は安定するし足も伸ばせる、腰への負担もバスに比べるとほとんど無い事にちょっとびっくり。不覚にもおじさんを横になぜかエロい夢を見てしまった。。

起床後はお腹すいた?何か食べよう食べようといって近くの食堂へ。
わしは目玉焼きたパンを頼みおじさんは羊の足の煮込みを頼んでいた。
おじさんにとっては二ヶ月ぶりの母国の味の様で美味しそうにムシャムシャ食べていた。

一口食べるぅ?と聞きてきたので、初イラン料理に挑戦。見た目はあまりうまそうでは無い。
足の皮膚と毛穴がはっきりと見えており、少々朝飯には勇気がいったけどパクッ。皮膚がザラザラ、肉はとても柔らかいが、肝心のお味は、、、動物園。。あの動物園ンお香りが広がる、でもジューシーな感じ。

隣に座っていた地元のお客さんは羊の頬の煮込みを食べておりこれも試食させてくれた。足よりはうまかった。
そして九時半過ぎジョルファの町を出発。本来バスに置いてかれなければテヘランについている時間だ。
何で客を待たずに出発をするのかは納得できないままだったけど、怒る気には全然なれずただただ不思議だった。本当に置いてくのかー、と。

車を走らせタブリーズの街並みが見えてきた。かなり大きな町だった。ここには世界遺産のバザールがあるので当初は行って見たいと思ったが、ただでさえ時間も無かったのにバスにも置いていかれますます時間が無いのでまた次の機会に来よう。車内ではおじさんと日本語もしくは英語で会話ができるのでとても快適だった。

ここ最近、イランの物価の上昇とイランリアルの通過価値の減少がひどいためおじさんの資産価値もかなり下がっており今まで安定していた生活が厳しくなっているという。おじさんは今はトビリシに住んでいるようで、今回は一ヶ月の帰省らしい。過去に日本だけでなくトルコやブルガリア、アルメニアにも住んだ事があり、タイにも二回程長期の休暇で言っていたそう。30年程前はイランの景気の方がブルガリアなどよりも良く、おじさんもブルガリアでモテモテのハーレム生活を送っていた事があったらしい。イラン製の服などを買って行き、ブルガリアの女性にあげると、1晩一緒に居てくれたりしたそうな。

さて、テヘランまでは12時間の道のり。十分寝れなかったのか、

"眠いよー、大丈夫、チャイ飲みたいなー"と言い、何度も車を止めチャイを購入。

ロードサイドの店で買うチャイは1000-3000リアル。国境での両替レートが1$=28000レアルだったので一杯4円から12円ととても安い。朝食べたご飯は2人で80000レアルだったので約240円。アルメニアよりも安い。おじさんに朝飯はいくらだったか聞いてみると、レアルでは無くトマンという単位を使っていたので聞いてみると、レアルからゼロを一桁とってトマンと言うらしい。つまり80000レアル=8000トマル。何で一桁だけ省略するのかが不思議だった。

バスの事を考えるとこの先の予定をどこか削らなければいけなくなったので残念な気分にもなったが、それ以上におじさんとのドライブは楽しいものだった。色んな話ができた。おじさんは自称悪いムスリム、モスクには行ったことがないらしい。そしてアメリカが好き。女も大好き。パタヤ最高という。
そんな話をしてケラケラと笑う悪いムスリムだったw

イランの事も教えてくれた。30年前はお酒も飲めたしディスコもあった、女性のスカーフ着用義務もなかったそうな。そしてアメリカともかなり友好的にやっていたらしい。ところがその大統領がヨーロッパに逃亡し、新しい大統領になると、イスラム教国家として厳格な国へと変化していき、今でもその風潮が続いているんだと。新しい大統領になったときに、アメリカがイラクに対してイラン攻撃の話を持ち掛けたため八年に及ぶイランイラク戦争へと発展。おじさんはその頃二年間アーミーとして働いていたんだと。そしてその後アメリカがイラクを攻撃、今ではイランとイラクはとても友好的何だとか。イランは周辺国とは関係が良いとも言っていた。

イランの高速道路は50円程の料金がかかる。おじさん、、、ぶっ飛ばしすぎて残念ながらスピードガンをもって貼っていた警察に捕まってしまった。。高速道路でいきなり警察2人が止まれとまれと手を降りながら道の真ん中まで来たのはびっくりした。危ない。止め方を少し考えた方が良い。そうして罰金のかみを受け取り車内に戻ってきたおじさん。いくら?と聞いてみると四万トマル。15€程だったので100$くらいかかるのかと心配していたわしは少し安心した。でもおじさん、"これはイランではものすごい高いよぉ~~バカだな~~、ほんとバカだな~~"、と肩を落としていた。

がっくりとした表情で車を走らすこと数分。

"あ~、チャイ飲みたいな~!"とおじさん。そしてまたチャイ屋へ。

また車を走らせる事数分。

"あ~、メロン食べたいな~!"

車を止めて道端のメロン売りのところで大きなメロンを一つ購入。一つ50円くらいだった。
山盛りのメロン。

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ロシア~グルジア~アルメニア~イランを移動するトルコ人トラックドライバーもメロンに食らいついていた。

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そんなこんなで車を走らせ夜の七時頃、"あー、眠たいよー"、と危険信号。
休憩しようと良い車の止められるところで仮眠をすることに。

一時間程しておじさん、ぱっと体を起こしたので寝れた?と聞くと寝てた?と聞き返された。
クッキーを食べ始め、そろそろ行く?と聞いて来たので大丈夫?と聞き返す。ん~~~、と言ったのでまた眠くなったら休めばいいしね、と言うと、うんと言ってそのまま次のクッキーに手を伸ばした。普通にこうやって日本語で話しているだけで面白いが、おじさん、よく見ると猫ひろしに似ている。。。

そしてテヘランの明かりがようやく見えて来た。

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そこから猫おじさん、快調に車を飛ばし、23時、予定よりも13時間遅れでようやくテヘラン市内に到着。
途中猫おじさん、"あれ、テヘランどこどこ、あっちかなー、こっちかなー"とハンドルを握りしめ迷っていた。
既に23時、今日はこのままホテルに行くのかはたまたおじさんの家に泊まらせてもらうのか、話して見たところ、明日の朝家族で用事があるため、このままバスでシラーズか、イスファハンへ行ったらどうと言ってくれた。

確かにその方がいいとも思った。おじさんも来週テヘランに帰ってきたら、家に泊まってもいいし、遊びも一緒にいけるからと言ってくれたのでそうさせてもらうことにした。そして南バスターミナルまで送ってもらう。
途中、行き方がわからなかったのでおじさんが通行人に道を聞くと何やら無愛想で変なおっさんに道を聞いてしまったらしく、猫おじさんも、"なんなんだよあいつー"と言っていた。やはり都会は冷たい人が多いのか。

猫おじさん、外の世界を知っているだけにテヘランの忙しない雰囲気が好きじゃないって何度も言ってた。
人も悪い人が多いし運転も荒いと。バスターミナル近くに着くと客引きがわっとよって来てイスファハンイスファハン!と言ってきたのでそのバスで行こうとした。チケットは持ってなかったが、声をかけてきたのでその場で買えるとおじさんも思ったらしく、この日本人がイスファハンに行きたいからと言うとチケットは?と言われここで買えるんでしょ?と聞くとチケットがないと無理だ!とやや声を荒げて客引きが言ってきた。流石におじさんもその言い方にカチンと来たみたいでじゃー何で客引きにきたんだ!と言っていた。それを見て申し訳なかった。
長時間ドライブの後にわしの為にへんなおっさんや気の荒い客引きとやり合う羽目にさせてしまった。

そう言う荒々しい人を見るとこの猫おじさんがいかに温厚だったかと言うことに気付く。
ひなたぼっこをしている猫くらい温厚だと思った。

客引きを振り払い、バスターミナルの中に行くとなんと大きくて綺麗な事。
中で声をかけてきた客引きは対応も良く、シラーズに行きたいと言うと、ちょうどすぐ出るバスがあると言って案内してくれた。国境で10$だけしか両替してなかったのでそれで12時間にも及ぶバスのチケット代金を払えるかが心配だったが、値段を聞いてあり金をすべて見せると、そこから180000リアルを抜いた。

180000リアルと言うと6.4$、たったの500円程!助かった、これでバスで寝れるし一気にシラーズまで行ける。アルメニアから丸々二日間ぶっ通しの移動になることはそんなに苦痛とは思わなかった。多分おじさんと一緒に移動したのが楽しかったからだと思う。おじさんの携帯番号を聞いて、またテヘランに戻る前に連絡すると伝え別れを告げた。本当にいい人だった。もちろん女の話をしたりする時はただのスケベ親父だったけど、ものの言い方がとても柔らかくて、安心できる人だった。ぜひまた会いたい。そしてまるで流れるように12:00発シラーず行きのバスに乗り込んだ。こうしてのっけから波瀾万丈なイランの旅が始まった。


Update


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