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さぁ一気にキルギスへ!!ウルゲンチ〜タシュケント〜キルギス国境

2012年10月31日 04:40

                                1:00,10/31、ビシュケク、キルギス


ウルゲンチ駅で一時間ほど待ち15:45分頃、タシュケント行の列車が改装中のウルゲンチエ駅に入ってきた。
かなりの車両数がある。列車を待っていた乗客らも一斉に荷物をもって動き出す。
それぞれの車両の入り口に並び、車掌にチケットを見せ乗りこむ。人々は比較的きちんと列を作っていたのには少しばかり驚いた。今回は三等寝台、如何なものかと思っていたら列車内は想像以上に綺麗。
開放寝台ではあるものの、折りたたみベッドは一区切りに四つ。驚いた事に敷布団と枕まで用意されており、後に新しいシーツまで配られた。これならゆっくりと寝れる。荷物もベッドの上に広いコンパートメントが、あるし、天井も高く、インドの三等寝台に比べるとかなり広い。インドと比べる事自体間違ってるのかなw

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荷物を起き、寝袋を出して自分の場所を作るととてもいい気分だった、列車は定刻に出発。
他の乗客はチャイを飲んだり、ナンを食べたり、トランプをしたりしていた。
唾を床に吐く様な人はおらず、車内も比較的静か。快適だった。
夕食用に駅の売店で水とカップラーメンを購入しておいた。車内には熱湯がで大きな湯沸かし器まで設置されている。列車から見えた景色は荒涼とした土地ばかり。車内には物売りも何人かいる様で、チョコやスナックなどを売り歩いている。

20時前、買っておいたラーメンを食べようと思いお湯を注ぎに行った後、
自分のベットに戻ったつもりが違う人のベッドだったようで周りの人が楽しそうに笑い出した。
不快な笑いではなく、あなたあっちのベッドよーと言いながら笑ってくれた。
そんな事で笑ってくれたのが不思議と嬉しかった。これも夜行列車のせいかな。
自分のベッドに戻ると周りの人がナンをくれたのでそれをラーメンと一緒に食べた。
やっぱり夜行列車と言うのは他ののバスや飛行機とは違う良さがある。

雰囲気が独特と言うか、みんな長時間移動に備えていると言うか、生活感がある。
一体何人の人が乗っているかはわからないけど、一つの目的地にこれだけ大勢の人が一度に一夜を共にする何てなかなかない、しかも動きながら。

暇だったのでパソコンで映画を見る事にした。
映画はのんちゃんに"カモメ食堂"。かもめ食堂に実際行ってから約四ヶ月後に実現w
かもめ食堂を2時間見た後、ショーシャンクの空にを立て続けで見ようとしたらファイルが壊れていたせいか途中で止まってしまっていたので寝るとにした。

車内は寒いと思っていたけど実際人々の熱気で暑い!暑くて寝袋の中にいられなかった。
無事眠りにつき翌朝8時過ぎ、便意と共に目を覚ました。またもや下痢だ。
宿からトイレットペーパーを少しもらってきて良かった。
三度程トイレを往復し、列車は予定通り10:30にタシュケントに到着。約19時間。
このままフェルガナの方までバスで行っても良かったのだが、宿にまだスカイがいるかもしれないと
思ったのと少しタシュケントをぶらつきたいと思ったためた一泊する事にした。
今回の宿は前回泊まった駅の宿ではなくチョルスバザール近くの宿にした。


本日の宿 : GULNARA
歩き方に載ってる宿。一泊ドミで15$と高い。
wifiも不安定で繋がらない事の方が多かった。トイレシャワーは共同、お湯はしっかり出た。
朝食付き。2、3日なら前回泊まった駅の宿で十分だと思った。

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チェックイン後、やっぱりまだ疲れていたので二時間程寝た。

起きるとかなりすっきりしたので近くのチョルスバザールへ出かけて見た。

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チョルスバザールを歩きながら、なんだかもうウズベキスタンは満足したなと思った。。
バザールはどこもかしこも似たようなもので今わしが必要な物や買いたいと思うような物はなかった。

バザールの人々を見ているのは楽しかったが、他の町に比べて大きいせいかあまり興味をそそられず、
すぐにバザールは去り、中国ビザについて尋ねるため、ガイドブックに載っていた旅行会社へ行く事にした。

旅行会社には無事たどり着いたものの、土曜日は営業していなかった。
仕方ないので近くの大きなGrand Mirと言うホテルへ行きインターネット。
高級ホテルの雰囲気がかなり出ていたので少しばかり気まずかったが、ホテルマンに紅茶頼み、ネットを使いたいと言うとどうぞどうぞと言ってくれたのでロビーのソファーで一時間程過ごさせてもらった。

ロビーにあったメニューはすべて米ドル表記で紅茶は2$。スムで払いたいと言うと、計算機をはじき出し4000スムと言って来た。ホテルで使っている換算レートは1$=2000スム。
多分それがオフィシャルのレートなのだと思う。町中でのレートは1$=2600-2700、かなりの違いがある。

その後Grand Mir ホテルの近くにあった韓国料理屋へ行って来た。
予算はだいたい700-800円程度。キムチチゲを注文。うまかった〜!
近くには小さな韓国マーケットもあった。

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あっそう、結局申請していたタジキスタンビザは諦める事にした。

10/28、
七時半頃、韓国人のスンが起こしに来てくれた。
昨日ワシが早く出発するため七時半にご飯を食べると言ったがため、心配して起こしに来てくれたのだ。

朝食をとった後八時半頃宿を出た。
宿のオーナーがフェルガナ地方へ行くシェアタクシーははタシュケント駅近くから出ていると教えてくれたので
駅まで言ったものの駅からはシェアタクシーはなかった。そのため駅前からバスに乗りシェアタクシーが
集まっているというクルクイバザールへ向かった。

クイクルバザール周辺に着くと、タクシードライバーがどこへ行くんだ?と声を書けて来た。
様子を見ながら周辺を歩いてみるとどうやら行き先によってシェアタクシーの集まる場所が違う事がわかった。
人に聞きながらアンディジョンに行きたいと言うとみんなクルクイバザールの北東を指差していた。
約10分程歩くとようやくアンディジョンと声を掛けて来た。

ようやくシェアタクシーが見つかった。他の旅行者から聞いた値段はアンディジョンまで25000スム。
最近聞いた情報だったのでその値段になるまで絶対折れないつもりだったが、なかなか下がらない。
既に三人集まっていてわしが乗ればすぐに出発出来るといドライバーがいたので地元の人にいくらか聞きたいと言うと彼らも35000スム払っていると言う。実際聞いてみるとやはりそう言って、35000スム払っていた。そうしてタクシーは10:30頃、アンディジョンに向けて走り出した。

言葉はなかなかわからなかったが乗客は赤ちゃんを抱えた20歳の女性とその母ともう一人の
女性で、とても感じの良い人たちだった。ドライバーも良い奴で、何やら色々と話しかけて来た。
昨日が誕生日だったらしい。最近自分の誕生日と誕生日が近い人によく出会う。

何かと休憩が多かったので到着が遅くならないか心配だった。。
それでも車はなんとか進み続ける。途中カシュガルまでの距離を示した看板を見つけた。
中国に近づいている事を実感させられた。

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そして17時頃アンディジョン中心部に到着。
町はカフェなどが結構あって思ったよりも賑やかそうだった。ロンプラにはウズベキスタンで最も貧しい町の一つと書いてあったのでどんなもんかと思っていた。それでも裏路地に入るとかなり貧しそうだった。
タクシーのドライバーに国境行きのシェアタクシーがいる所で下ろしてもらい、タクシーに乗り込んだ。

ここも事前に8000スムと聞いていたが言い値は10000スム。
ここまで乗って来たドライバーが料金を聞いてくれたのでまぁいいかと思い有り金の9000スムを出してしまった。先に乗っていた乗客に聞くとやはり8000スムだった。とほほ。

そして国境のDostykに向けて出発。国境には約1時間程で到着。

国境に着くと何やら大勢の人がゲート前にたむろしていた。
ここまで一緒に来たキルギス人の親子とゲートまで行くと、"ザクリータ!"、と言っていた。
どうやら国境が閉まっているらしい。ロンプラにはそんな事一切書いてなかったのでびっくりした。
そのおばちゃんが確認した所、、、明日まで開かないわよと言い出した。
その場合、ここで待つベキなのか。腹も減ったし喉も乾いた。食料はほとんどないし、弱った。

群衆がゲートに接近しそこにいた軍の人間らに何やら言っている。
すると軍の人間がゲートから離れるよう叫び出した。そして人々を押し始め中には悲鳴をあげる人もいた。
ちょっとしたケイオスだった。雲行きは怪しくなる一方。

とにかく軍の人間はここで待つここに日本人旅行者がいるなんて思ってもいないだろう。
であればワシが個こにいる事を伝えた方が良いなと群衆がもみくちゃになる中考えた。
おばちゃんには少し悪い気がしたが群衆から少し離れている所に座っていた軍の人間に、
超丁寧にエクスキューズミーと声を掛けて見た。

日本人の旅行者である事をまず伝えると、先ほどまで民衆に大きな声で威嚇していた軍の人間が
お〜、日本人か!と意外にもフレンドリー。そのまま国境を通過して今日中にキルギスに行きたいと言うと
何故だ?と聞いてくる。だって目の前がキルギスだから!と答えると、国境は今日は18時で閉まった!と言われる。。。ただ今日はわしの誕生日だからプレゼント代わりに通して!と言うと、大笑いしながらなんと通してくれた。誕生日って素敵だw

ゲートの中に入り、イミグレーションへ。
イミグレーションに行くと、今日はもう国境を閉めました。と言われた。。。
せっかく民衆を振り切って中に入ったのにこれでは意味が無いと思い、再度誕生日アピール。。

するとまた効果あり!
そこに居た数人のオフィサーが、おお〜〜!!そうかおめでとう!!と行って手続きをしてくれた。
31の誕生日に初めておめでとうと言ってくれたのはウズベキスタンの国境職員でしたw

そして職員に見送られ、キルギス側のイミグレーションへ向かったのでした。
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ヒバ!小さな歴史の博物館都市。 ブハラ〜ヒバ

2012年10月29日 13:30

                                9:58, 10/29、オシュ、キルギスタン


ブハラからヒバに行くため、10/22の10:30に車に乗り、18:00頃、ようやく車がとある町で停車。
ブハラからヒバまでの所要時間は、ガイドブックによると6-7時間だったのでここがヒバかなとも思った。

それにしてはそれらしき町が見えない。
そう思っているとドライバーが荷物を下ろし始め、別のタクシーがヒバまで連れて行くと言い出した。
別のドライバーはこのドライバーの知り合いで話がついているだろうと思いそちらに移った。
ジェスチャーではあったが、お金は払わないよと、ここまで連れてきたドライバーに言ったところ、OKとジェスチャーをしてきた。曖昧なカンヴァセーションである。。。

別のタクシーで走り出すと、ヒバまで70キロの看板を発見。これではまだあと一時間半もかかる。
少しがっかりしなたので寝て到着を待とうと思うと、ドライバーが日本の歌が聞きたいと言って、一緒にいた日本人の子のiPod touchを車に接続し始めた。久しぶりにミスチルを聞きながらの移動w 変な気分だった。

結局宿に着いたのは20時過ぎ。通常6〜7時間で行ける所、9時間以上もかかってしまった。。。
車を降りて宿に向かうと宿の人が出てきてくれた。宿内に入ろうとすると何やら宿の人とドライバーが話をし始め、こちらを見ていた。あっ、、、、多分いくらか払えと言っているのだなと思うとやはりそうだった。

ドライバーは一人当たり30000ソム払って欲しいと最初に言ってきた。大金。。
ただこちら側はブハラからヒバまでと言ってお金を払ったのでこれ以上払う事はできないと伝えた。
聞いてみると、最初のドライバーからはお金をもらっておらず、その上知り合いでも、無いそうだった。
二人の間で話がついているものだと思ったが、そうではなかったらしい。

宿の人に仲介して貰いお互いの事情を伝えてもらう。
比較的穏便に話していたが、やはりせめてガソリン代の20000ソムだけでも欲しいという。
仮に彼が本当に最初ドライバーからはお金をもらっていないとすれば、ただのただ働きになってしまうのでそれでは少し酷だなと思った。気持ちもわかるので12000たけなら払ってもいいと伝えると、しぶしぶ了承し、
そのお金を受け取った。かなり不服そうにエンジンをふかしながら彼は戻って行った。
やはり一切お金をもらってなかったんだろうか、複雑だほんと。

そう言うわけでようやくドミにチェックイン。つかれた。はらへった。

本日の宿 : ラリオパ
歩き方にはドミが8$、到着後、宿の人にドライバーの仲介してもらったため値段をまけるきにならなかっため、言い値の10$で泊まった。朝食込み7:30-9:00までので、4ベッドドミ。トイレシャワー共同。お湯はめっちゃ暑いので最高。Free Wifiは24時間繋がる。ウズベキスタンでは夜になると切断される宿が多かった。。

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しかしまぁ、これまでの旅のルートを地図上で見てみるとかなり色々と回ってた、
出発地点の日本とウズベキスタンがものすごく近く見える。ようやく中央アジア。
中央アジアに来てみるとついにアジアまで来てしまったと実感してしまう。
そして旅の終わりがすぐそばまで来ていると思うと、それもそれでなんと言ったらいいかわからない。
今の心境はこのまま東南アジア、バンコクあたりまで行ってしまいたいのな正直なところ。
そして日本食とタイ料理を毎日食べたい。

はたまたここから一気にまたルートを変え、アフリカに戻る事だってできないわけじゃない。
そうは思うものの、やっぱりこのまま自分の考えていたルートに沿って、東へ進む方が良いのだと最終的にいつも思う。何も決められた事は無いけれど、このままアジアを抜けるのが一番なんだろう。

翌日、朝食が早く終わるのと言う事で、一緒にいたのんちゃんに起こしてもらった。
ご飯を食べ、昼過ぎまでネットやお茶を飲んでゆっくりした後、個人でヒヴァをぶらぶらした。

少し歩くと町は静かでいい感じだった。そして秋晴れ!

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ガイドブックには街全体が博物館として指定され、その後世界遺産にも登録されているらしい。
城壁に囲まれており、東西南北に一つずつ門がある。城壁好きの日本人団体旅行者にはたまらなさそうw

こちらは城壁。
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そして北門。
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そのまま町の中心部へ。
途中は地元の人々の家となっており、子供たちがこちらを眺めていた。
自然なんだけど、写真に写るのがうまい。

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ヒバで一番の笑顔はこの子に決定。めっちゃかわいかった!

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町はブハラよりも更に小さくなり、本当に博物館のようだった。
ある程度観光客もおり、土産物屋やレストランもある。
ただモスクの中にはいる程モスクに新鮮さを感じなくなったのでとりあえず町が見渡せるというミナレットだけ入場する事にした。3000スム。たった100段くらいの階段だったのに、、、後日筋肉痛。。
見える景色はきれいだった。なんだか町が模型の様。

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建物の背後に写る登ったミナレット。

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そしてメイン通りからもミナレット。

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ミナレットそばにあった博物館とおばちゃん。
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これはブハラのシンボル?作りかけのミナレットらしい。てか何回ミナレットって言うてるんでしょかわし。。

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散歩途中で見つけた大きなホイール。
なんでこんな町の中にほったらかしてあるのだろうか。アートにも見える。

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そのまま歩いていると至る所で手編みのルームシューズが売っていた。
柄も可愛く値段を聞いてみると二つで240円と言ってきたので一つ買って今後の冬対策メンバーに
いれる事にした。ここの昼は暑い。

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これもついでに勢いで買ってしまおう!と思ったが、、、やっぱり買うのはどうかとやめた。。。

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日向であれば半袖でも行けるくらい日差しが強い。
ただ日が沈むと一気に寒くなるので、結局モモヒキは一日中履いている。
歩いているとのんちゃんが歩いていたので声を掛け、少し町を一緒に歩いた後、宿に戻った。

西門を出て左側にシルクロードプロジェクトという絵が書いてあった。
シルクロード。どっからどこまでシルクロード?

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さてのんちゃん。なんと今日が誕生日だった!しかもわしと同じサソリ座のB型!
ウズベキスタン白ワインで小パーティー。
もっと大勢人がいるところだったら良かったのに、あいにくワシしかおらず、、?折角の誕生日がw
ケーキも売ってないので、バースデーラグマンを食べたと記憶しているw

翌10/26、
九時起床、朝食を食べ昼前までゆっくり。
昨日買った絵葉書を書き、投函がてら少し最後に町歩き。
誰かへのお土産に、手編みの部屋ばきスリッパをもう一つ買った。

今日は夕方4時発の夜行列車だったので、まともに夕飯も食べれないだろうから昼飯をちゃんと食べておく事にした。昨日も行ったレストラン。メニューは毎日五つのみ。ラグマン、マントゥ、プロフ、スープ、ビーマンに肉と米を詰めたもの。ウズベキスタンに来てからはほぼこのバリエーション。どれも味はうまく、量も程よいのであり難いのだが、他のものを探すため新しいレストランに入って見るものの、あっここもそれだけ?みたいな感じになるパターンが多い。今日は野菜たっぷりのピーマンの肉詰め。

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そういえば昨日、観光前にヒバでウルゲンチータシュケントの鉄道チケットを買っておいた。
北門からさらに北に進みもう一つの門をくぐったところにある交差点を右に曲がり、左側にいくつかお店があるのでその一つがチケット売り場になっていた。
ウルゲンチまでチケットを買いに行かなくて良かったのでホッとした。

ウルゲンチからタシュケントの夜行列車は三等寝台で61000スム、約1800円と想像よりも高く驚いた。
現在月曜を除く毎日、16:10発で運行されている。チケットオフィスでは両替もしてくれた。
レートは他と比べて悪くなかった。

一時頃宿に戻り、のんちゃんから邦画のデータを少しもらった。普段は邦画は見ないけど、列車で見れると思うと嬉しかった。久々に日本人の子と数日旅行したので少し寂しくもなった。でも、慣れてしまったせいか切り替えも早い。のんちゃんにお礼とお別れをして、シェアタクシーでウルゲンチの駅へ向かった。5000スム。

駅にはものの20分で到着。少し早くきすぎてしまった。
そして一気にタシュケントまで戻る。

サマルカンドの西へ。 サマルカンド〜ブハラ

2012年10月27日 22:05

                            17:49,10/27、タシュケント、ウズベキスタン

しまった!気付いたら明日31になってまう!w
旅に出て二度目の誕生日。明日は間違いなく移動の一日となり、セルフ祝いさえもできなさそう。
まぁ、いいやっ!w


10/22、翌日、八時に起床し朝食を食べた後、九時過ぎにブハラと言う町へ
韓国人二名と日本人の女の子と向かった。タクシーでまずバスターミナルへ行き、そこでブハラ行のシェアタクシーの交渉。

これがまた、時間がかかった。。。

シェアタクシーのドライバーはまた最初に相場とはかけ離れた料金を言って来た。
今回の交渉は韓国人がメインでしていたので横からみていた。彼が宿で聞いたところ、相場は一台100000スム、約3000円程。、交渉が続く中、どのドライバーも110000からなかなか引き下がらない。

一方バスの相場は10000スム。こちらも最初の言い値の15000以降安くなら無かった。。

結局シェアタクシー行く事に決まった。値下げがあんまりうまい事いかなかった事に韓国人は納得いかない様子。値段的にはバスの方が安いのに何でタクシーの方がよかったのか聞いてみると、タクシーのレギュラープライスが一台あたり100000スムでバスは10000スム、なのでタクシーのほうがレギュラープライスに近いからそちらのほうが料金的に正しい、そう言うのだ。

変わった考え方をするものだ。でもバスの方が実際払う額は安いからバスの方が良いんじゃないの?と聞くと、
お金の問題じゃないんだよ!と言っていた。もはや頑固なだけ??w 

そしてタクシーに乗り込み約4時間、ブハラのバスターミナルに到着。
すると韓国人がバスターミナルでは無くホテルに連れて行くと言う話だったとドライバーに言い出した。
ドライバーは英語がわからない様ため、その韓国人は今から行く宿の人に電話をし、事情を説明。
結局ブハラまでのタクシー料金から宿までのタクシーをマイナスしてもらう事になった。
その韓国人はどうしても自分が思う様にしないと気が済まないらしい。そして見ていて地元の人々への尊敬の念やお互い気持ちよくやり取りをしよう、そう思う気持ちが掛けていると思った。わしらには良い人なのに。。

本日の宿 : Rustam-Zuxro B&B
116 B Nakshband Buhara ( Tel +998 65 224 30 80)
ドミで1泊8ドル。朝食は別途2ドル。
Free Wifi(夜の10くらいになると切れる)、ドミにはシャワートイレがあったがお湯はあまり
あったかくなかった。宿のおばさんは英語を話す。キッチンは無い。場所はラビハウズという
町の中心部の池から歩いて直ぐ。写真取り忘れた。。


チェックイン後、お腹が空いていたので何か食べに行こうとすると韓国人の二人は辛ラーメンを取り出し早々に昼食をとり始めた。宿近くのレストランでビーマンの肉詰めの様なものを注文。美味しかった。店員の若いお姉さんもがかなり美人だった。

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ブハラの町はサマルカンドとは雰囲気が違い、町の色合いは薄茶色、土産物屋やバザールモスクなどの見所も中心部にひしめき合っていた。宿からブハラのシンボルであるカラーン・ミナレットまで歩くと途中はバザールの様になっており、有名なコウノトリのハサミやスザニと呼ばれる手縫いの刺繍がある布地などが売られており、サマルカンドよりも楽しいなと思った。最近あまり買い物もしてなかったのでスザニを二つ購入。二十年前に作られたものの様で少しシミがあったが気にせず買ってしまった。

絨毯屋。

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カラーンミナレットとカラーンモスク。

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地球の歩き方の説明では、チンギスハーンが征服に来た際このミナレットをみて、"この塔は私に頭を下げさせた立派な塔だから壊してはいけないと言った伝説があると書いてある。チンギスハーンもこれを見たのか、旅はまさにシルクロード真っ只中だw

歩くおじさん。

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アルク城。

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日暮れも早く、六時頃には暗くなり始める。
この日の夜は四人でブハラの地ビール、AZIAか唯一生で飲めるドロンと言うレストランへ皆で。
やっぱり生ビールは上手い。居酒屋気分。

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久々にチキンのケバブを、注文。ウズベキスタンに来てからはほぼ外食(と言ってもラグマンが殆ど)なので何だか贅沢な気分。ほろ酔いで宿に戻り、もう一本だけ瓶ビール。ビールは中瓶が100円程。ビールを飲んでいると韓国人が日本人の子を真剣に口説き始めたw ま、放って置こう。


翌日はゆっくり。よく寝た。
昨日観光を終えているので今日は特に何もしないと決めると何だか穏やかな気分になる。
昼過ぎに今後のビザなどのためになくなっていた顔写真を寝起きの顔で取りに行ったり、郵便局で送料を調べに行ったりした、。

郵便局のおばちゃんは残念ながら英語を話さないため関税の用紙を貰ったものの何をどこに書けば良いのかわからなかった。しかもその用紙がフランス語とロシア語。ここに何を書くのかと聞いても一切わからなかったので宿に戻り聞く事にした。

しかし、ブハラもこうやって歩いて見ると中心部は本当に綺麗に整備されている。
一緒にいた日本人の子がディズニーシーみたい!と言っていたけど、確かにそれ位綺麗で、
作られた感が多少ある。日本で言う昭和村とか明治村のようなテーマパークに少し人々の生活感を混ぜたような町だと思った。一通り用事と少しばかりのお土産を買った後宿に戻った。

宿泊者にフランス人がいると宿の人に聞いたので、彼らの帰りを待っていた。
すると一人のフランス人女性が帰ってきたので用紙のフランス語を教えて欲しいと言うと、快く了解してくれた。お陰で記入が完了。明日また郵便局へ行かねば。

夕方になると韓国人二人が宿を出発しようとしていた。
スカイはタジキスタンビザを早くもらえるようにするため、タシュケントに戻り、
インビテーションを発行してもらう事にしたらしい。彼とは今後のルートがよく似ているのでまたどこか出会うだろう。もう一人のスンも来年スリランカに行くそうで、時期がかぶる。また彼にも合うかもしれない。彼らを見送った後、昨日のお昼に行った看板娘のいるお店へ。

やっぱり看板娘がいる様なお店に行くとついつい飲んでしまう。
酒が飲める国では毎日飲んでしまう。イランにいた時は本当に、一本も飲めなかったのが信じられない。
ベッドに戻り横たわっていると歯磨きもせず眠ってしまっていた。


10/24、
朝、宿で二ドルの朝食を食べ、両替をしに行った。
その後トルコやウズベキスタンで買った少しばかりのお土産やビールのラベルなどを送るため郵便局にリベンジ。郵便局のおばちゃんは相変わらずもくもくと仕事をしていた。もう一度用紙を貰い、関税の書類を記入。
そして白い布の袋にわしの荷物を入れ、手で縫って塞いでくれた。さすがスザニの国。裁縫上手。

昨日の重さを測ったら2960gだったのに何故か今日測ると3020gになっていた。
これをみたおばちゃん、何かいれたのあんた?折角三キロいないだったのにこれじゃ~値段が上がっちゃうよ!と言ってきた。確かに三キロになると約四ドルほど値段が上がった。何もいれた記憶が無いのに不思議なもんだ。

結局送料は43000ソム、約1300円だった。安いもんだ。郵送を終え、宿に戻り宿の子とヒバと言うトルクメニスタン国境近くの町へ向かうため、バスターミナルに移動。少し出発が遅くなってしまったがとりあえず到着した時と同じバスターミナルに到着した。

ちなみにウズベキスタンはちなみに交通機関の交渉が面倒。こんな交渉をするのは西アフリカ以来。
タクシーや乗り合いタクシー、はたまたバスにおいても最初はかなり高い料金で言ってくる。
お土産屋においても観光客が多いせいか、クッションカバー出さえ25$で始まる。
ハンドメイドと強調をしてくるが、二つで25$になったり、はたまた一つ5$になったり。
物にはよるけどかなりめちゃくちゃな値段設定である。

そしてバスターミナルにつき、交渉会社。
本来ヒバまでバスで行く場合、ここからウルゲンチと言う町まで行き、そこからシェアタクシーに乗るのが一般的だそう。バスに乗るためにはタシュケントから来るバスを道路で待って、来たらそれを止める、とロンプラには書いてあった。

ただ出発が郵便局に言ったせいで遅れてしまい、バスはもう無いらしく、行くのであればシェアタクシーで行くしかなかった。料金を聞いて見ると、一台100$という奴があらわれた。そんなあほな。これは時間がかかりそう。

とりあえず寄って来たドライバーに手当り次第聞き続けた。少し先に大型バスが止まっていたのでどこに行くのか聞いて見るとヌクスと言うウルゲンチよりもさらに奥の町に行くと言うのでウルゲンチで降りたらいくらか聞くと、それでも一人40000と言う。確かに移動時間は七時間程あるので今までよりは高いと思うがバスで40000はお互い。戻ってみるとタクシーが60000まで下がっていたのでそのまま交渉を続けると、最終的に一人45000になったのでそれで行く事にした。

車は新車でまだシートにビニールがかかっていた。車はほぼ休憩する事なく走り続けた。
途中、いくつかの区間で悪路があったため、かなり時間がかかっていた。現在はヒバまで幹線道路を建設中だったので数年後にはもう少しアクセスが良くなるだろう。

ヒバへ続く。

ウズベキスタン!IN! タシュケント〜サマルカンド

2012年10月25日 14:52

                                 11:15,10/24、ヒバ、ウズベキスタン

10/18、19:30、飛行機は無事ウズベキスタンの首都、タシュケントに到着。
やった!これで人生96カ国目。この旅72カ国目に突入。しかし本当に動いたと我ながら思う。。。

ウズベキスタン航空の機材はエアバスを使用しておりなかなか快適だった。機内食もまあまあ。
そして飛行機の外に出ると、かなり寒い。アゼルバイジャンではまだ半袖でも大丈夫だったのに比べジャンバーが必要なくらい寒い。まだ10月と思っていたが夜の気温は気温は約9度前後とかなり冷え込む。

バゲージクレームで荷物を取った後、税関を通って空港の外へ。ところがこの税関!
どういう訳かめちゃくちゃ、めちゃくちゃ遅い!!

たった一機の飛行機が到着したしただけなのに通過するのに三時間!さすがに怒りそうだった。
何をやってるのかわからなかったけど、一つ一つご丁寧に調べていた。
イランアゼルバイジャン国境では10時間、そしてウズベキスタン入国は三時間。
アフリカでもこんなに時間がかかった事はなかった。

余りに時間がかかりすぎたせいで残念ながらバスはすでに終了、そして両替所も閉まっていた。
現地通貨もなし。どうしようか迷っているとタクシーの親父とかわいいお姉ちゃんが来てタクシー?と聞いて来たので、空いている両替屋まで行って、タシュケント駅まで行ったらいくらか聞いて見たところ10000ソムと言って来た。

10000ソムと言うと約320円。まっ、もう疲れたしこれでいいかと思ってタクシーに乗った。
駅までは10分ほどで到着。すると車のダッシュボードから札束を取り出しいくら両替したい?と聞いて来た。
なんだ、両替出来るんだ!レートを聞くと1$=2200ソムという。
事前に聞いていたレートは2650ソムだったのでこれは安すぎるので交渉をするものの、そんなレートは無いと言い張る。直ぐにでもホテルに行きたかったので20$だけ両替をして駅内にあるホテルへ向かった。

本日の宿:Komnata Otdikha
タシュケント駅にあるホテル。
駅には二つホテルがあり、駅に入って右側にホテルは高いホテル、駅構内に入らず、建物の左部にあるのが安いホテル。なので駅を正面に見て左側のチェックゲートから入るとすぐ左にホテルの入り口がある。
一泊ドミトリーが16000ソム、約500円。朝食、wifi、シャワーは無いが比較的清潔で寝るだけなら十分。
バクーで会ったイタリア人の情報では駅の中のホテルにいくと3000ソムでシャワーが使えるそう。
他の旅行者はGuinaraと言う一泊15$の宿に泊まってるみたい。そちらはシャワーもwifiもある。

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宿に着いた後、何か食べようとレストランを探したがこの時間では何もやっていなかったので駅の中の売店で、お昼に食べた同じカップ麺を購入。売店の兄ちゃんが丁寧に作ってくれた。早くラグマンが食べたい。。。

ホテルに戻ると部屋の前で欧米人が何やら騒がしくしていた。
一人の男の指からは出血、そして隣にはタンクトップに血痕を付けたでスキンヘッドの現地人。

喧嘩でもしたのか?と、
一人の女性に聞いてみるとワインボトルを開けようとしたら瓶が欠けて指を切ったそうな。

そのスキンヘッドの人はただ心配して助けようとしてくれたらしい。。。少しびっくりした。
傷はそれ程深くなさそうなので良かったが洗面所に行くと血が飛び散っていた。
欧米人はフランス出身のグループで何と現在旅をして三年。アフリカ、中南米を自転車で旅行し、
サンフランシスコから貨物船で香港まで行きた後、ここまで自転車で来ているそうな。

全く、世の中には色んな旅をしている人がいるなーと話を聞いて思った。
旅も人生も人それぞれと言う点で同じ様なものだ。フランス人なのにオープナーを持っていないのが不思議だったがわしのやつを持ってくるとありがとうと言ってワインを飲ませてくれた。おかげで気分良く寝る事が出来た。


10/19、最近の国境越えで精神的に疲れていたのか何度か起きたものの二度寝三度寝してしまい、結局起きたのは午後一時。今日は金曜日で朝起きて念の為タジキスタンビザの申請に行こうとしたが起きれなかった。
大使館が開くのは月曜日、2日もここにはいたくなかったのでタジキスタンはやめて、そのままキルギスタンへ行こうと思った。ただ現在パミール高原がオープンしているのかだけでも聞いておきたかったので取り敢えず起床後は両替に行き、ラグマンといううどんのような麺類を食べ、大使館へ行く事にした。

両替は駅周辺に闇両替がいると聞いていたのでその辺をふらついてみるとドラードラーと言って金歯を光らせたおやっさんが近づいて来た。レートは聞くとやはり2650ソムと、イタリア人の言った通りだったのでお願いした。
何故か薬局に連れてかれた後、また駅に戻り、そこで少し待つと両手に札束を抱えた日本人の様な顔付きのおやっさんがニコニコしながら現れた。100$を渡すと札束を2束と半束程渡して来た。この札束、、、お金と言うのは恐ろしい。

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その札束が100$の価値しか無いはずなのに、一気に金持ちになった気になる。
人に見られては危ない危ないと、コソコソホテルに戻ってしまった。部屋でお金を確認。
ちゃんとあったがどうやって持ち運ぶか考えた。取り敢えず2束はリュックにボンッ!とほおりこみ、残りは裸でポケットにしまった。そして大使館方面に歩く。

途中で久々の教会発見。鳴り響くベルの音を体で感じる地元民。

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すると少し道を入ったところに食堂の様なところを発見。ラグマンがあるか聞くとあると言うので、それを注文。待望の麺類タイム!お腹も空いているし待ちきれなかった。

ラグマンはすぐに出て来た。味はなかなか。麺もコシがあってうまかった。
タイのラーメンでも、こんな味のものがある。満足満足!

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ここのにーちゃんらもわしに興味津々で何を言ってるかわからなかったけど終始笑顔だった。
パンを焼く窯を見せてくれたり、焼きたてのパンをサービスしてくれたり。優しい青年たちだった。

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店を出て教会を過ぎると、大使館はすぐだった。
大使館前には人が沢山。みなビザ受け取りの人だろうか。これでは大使館の
人に聞く事さえ難しそうだなと思っていると韓国人旅行者ぎいたのでビザを撮りに来たのか聞いてみるとそうだと言う。彼のニックネームはスカイ。彼もその前に必要な書類などの確認に来ているそうfs。

既に二時間以上も待ってもアプリケーションフォームさえもらえていないと言う。
こりゃダメだと思いわしゃもうタジキスタンには行かないでおこうとら思っていると、大使館職員が来たのでアプリケーションフォームが欲しいと伝えると大勢いる人たちを差し置いて中に来れてくれた。

そしてフォームをくれ、これに記入しなさいといってくれた。通常受付は午前中のみ。
異例の午後申請。記入が終わるとこれを持って敷地内で待って、大使館員が来たら渡してみてと言う。
この目の前にいる人には申請できないのかと少しがっかりしたが、言われたとおり待って見る事にした。
さすが韓国人、大使館員が来るのを一番先頭で待ち、話しかけて来る他のウズベキスタン人も無視。
ビザの事で頭がいっぱいなのかかなりピリピリしていた。

一人のタジキスタン人のおじいちゃんがスカイの肩をトントンとすると、触らないでくれ!と言ったのはちょっとどうかと思ったが、それ程今日ビザを申請したかったのだろう。もしくはただの短気?w

その脇でわしはおじいちゃんらと談笑。ロシア語を勉強せねば。そして大使館員が来た。
ここぞとばかりに韓国人がフォームを手渡す。月曜日の朝持って来なさい、と言われるものお願いします、と言うと受け取ってくれた。ただ受け取りは再来週の月曜と言う。その日はわしのウズベキスタンビザが来れる日なのでそれでは遅過ぎる。事情を説明するとでは金曜日に確認の電話をして下さいと言う。韓国人が言うにはタジキスタン政府からのインビテーションがあればビザが早く取れると言うので、今日は引き下がってインビテーションを取る事を考える事にした。

タシュケントには現在多くの韓国人がビジネスのため在住しておりで、韓国旅行社や料理店などが沢山あるそうだ。後から聞いた話では、まだ韓国が日本領だった頃、多くの韓国人がウズベキスタンに強制的に送られたらしい。そのため今でも韓国人が多いらしい。

彼の知っている旅行社へ行って、インビテーションについて相談して見る事にした。
タクシーに乗り旅行社へ行って見ると二人の韓国人がロシア語を操り仕事をしていた。
彼が相談をして見ると、ここではインビテーションを取れず、タジキスタン系の旅行社へ行った方がいいと言う。それでも知り合いに電話をして、何か出来る事が無いか聞いてくれた様で、また明日電話するという事になった。どうなるかはわからないけど取り敢えず明日、また連絡すると言ってその日を去り、彼の泊まっているゲストハウスで飲む事にした。

メトロに乗り最寄り駅のチョルスへ。タシュケントのバザールのら近くに宿があった。
宿に行く前に駅近くの食堂で腹ごしらえ。またラグマンを注文してしまった。
ウズベキスタン人は思ったより人が良かった。
日本人と言うと笑ってくれし、コンニチワと言ってくれる人もいる。
宿に行くと日本人が一人いたので一緒にビールを飲んだ。中国人の女性もいたのでご近所さんらと乾杯。

竹島と尖閣諸島の話にもなったが、全員興味なし。あれはただの政府間のゲームだと言っていた。
個人レベルでは全く気にしていない人が多い。韓国人とそこにいた日本人のよういちくんも明日サマルカンドへ行くというので、三人で一緒に行く事にした。メトロに乗り宿に戻る。タシュケント駅に到着するとスーツを来た12歳くらいの子がついて来た。何が欲しいのかわからなかったがそのまま切符売り場までついて来た。なんでそんなきれいなスーツを来ているのか不思議だった。サマルカンド行の切符を買って、宿に戻った。その子はわしが切符を買い宿に戻ろうとすると手を降っていた。


10/20、寝る前に今後のルートを考えているとなかなか寝付けなかった。
やっぱりタジキスタンにも行けるものなら行きたい。結局眠りは浅く、気付くと他の客が起き始め、アラームが鳴った。幸い宿は駅隣接のため時間には余裕がある。歯磨きをしてパッキングを済ませ駅へ向かった。
駅に入る際は荷物をx線検査器に通しチケットを見せる。どう言うわけなタシュケントでは至る所で警察のチェックがあり、パスポートの出し入れが激しい。駅に入り車掌にどの電車かを確認し、列車へ。出発30分前に車内についてしまった。

列車は思ったよりも綺麗で、二等にも関わらず座席も指定されていた。

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外にいたおばちゃんから粉のコーヒーを買って車内に設置されているお湯マシーンでお湯をいれ、
昨日のレストランでもらったパンをを食べた。今日も寒い。明日もあさっても寒いはず。
早く暖かい地域に到着して欲しいもんだと思っていると列車は動き出した。

車内ではウズベキスタンドラマが放映されている。ウズベキスタン、美人がとても多いとは思わないけど綺麗な人はものすごい綺麗。電車の中にも二人程スーパー美人を発見。黒髪と肌がすごいきれい。
列車は予定通りサマルカンドに12時に到着。ホームに出ると昨日宿にいたヨウイチ君がいた
。駅前から三番のバスに乗りホテルの近くへ。レギスタン近くでバスを降り、宿までは徒歩ですぐだった。

本日の宿 : Bahodir
トリプルの部屋で一人10$、プライベートシャワー、トイレ、朝食あり。
wifiなし、シャワーは出も悪くぬるい。ドミは無い。スタッフはとても感じがよく親切!

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宿に着いた後、早速日本人三人でレギスタン広場に行って来た。
サマルカンド、ウズベキスタンと言えはここが一番有名な観光スポット。
入場料は13300スム、約400円。入り口手前から見る全体像はとても綺麗で新しく見える。

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中は残念ながらと言うかお土産屋さんがひしめき合っており、建物の細部を見ると言うよりショッピングの感覚になってしまう。

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こちらはモスク内。

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その後はジョブバザールへ。
サマルカンド中心部はとても小さく全て徒歩でいけるのがありがたい。バザールでは果物などが中心に売られている他、お土産なども売られていた。市場のおばちゃんらはフレンドリーで写真も取らせてくれる。
市場で写真を撮らせてくれた人々。

サマルカンドの名物パンを売るお姉さん。パンは硬い。
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お金を数えるのも一苦労。。。な、おばちゃん。
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カボチャ売りのおっちゃん。モンゴル系?
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野菜売ってたおばちゃん。といっても、こちらの人々はかなり老けて見えるので
実年齢は30代かも。。。
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野菜は一列に並べる。
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サマルカンド中心部は観光客が多いためかきなり綺麗に整備されており、全てが真新しく、少しがっかりしてしまうほどだった。喧騒などは一切なく、ゴミもない。10月は紅葉シーズン。

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ざっと観光を終え、なんだか既に満足してしまった。
夕方になりお腹が空いて来たので宿の隣にあるチャイハネでまたラグマン。
ウズベキスタンに来て三食連続のラグマン。それでもまだ飽きてはおらず、麺がある事に感謝してしまう。
宿に戻り、ネットをしに近くのHotel Aziaへ。無料で、wifiが出来る事で有名らしく、パスワードはhotelaziaもしくはaziahotel のどちらからしい。

そこでビールを飲みながら一時間ほどインターネット。
そういえばワシのカードが不正利用されているとカード会社から連絡があり、約五万程の不正請求があったらしい。二つは日本国内からで後の二つはアメリカからだった。カード会社に連絡し、旅行中である事を伝えると、日本国内の決済はストップし、海外での利用は引き続きできることになった。わしの個人情報が出回っていると思うと恐ろしい。

まぁしかし夜は既にかなり寒く、ダウンジャケットが必要と言っても言いすぎではない程。
これから先、もっと寒くなると思うと先が思いやられる。宿に戻りまだ少し腹が減っていたのでお茶漬けとビールを食べ、ほろ酔いで寝袋の中に入った。


10/21、午前中にウルグットのバザールに意向と思っていたが起きたのは11 時。
寒いとなかなか起きられない。朝食をお願いしてゆっくりと朝食を食べた。

最近の生活は新しい町に着いた1日目に観光を終え、2日目は特に何もしない。
これがなんだかとても快適な過ごし方になっている。
この日も昼の2時頃まで何もせず宿でお茶を飲み、座り、話す。

韓国人が帰って来て、韓国料理を食べに行こうというので喜んでついて行った。
久々の韓国料理。おいしかった〜〜〜〜!!!!食べたかったキムチチゲは残念ながら売り切り。

サマルカンドの韓国料理屋:SIK HOO KYUNG
add : Samarkand shokhruk 48
tel : +998 98 273 02 31 or +998 93 354 62 25
バハディールから歩くと多分20分くらい。ジョグバザールを抜けて大きな道を左にまっすぐ行ったあたり。
予算はだいたい8$くらい。安くはないが、キムチやカクテキ、チヂミ、白米などは通常の韓国料理屋と同様に
無料。味も一緒に行った韓国人が言うには韓国で食べるものと変わらないらしい。

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韓国料理に大満足したのでもうこの日は何も言う事が無かった。
ウルグットの市場には行きたかったが韓国料理屋で働く地元民に聞くと既に閉まっているそう。
ちなみにそこのマネージャー、、韓国語ペラペラ。気持ちの入れ方も韓国人そのもの!面白いので是非。

なのでまた宿に戻り、話をしたり、近くのチャイハネでお茶したり。
アジアホテルにネットをしに行ったが、今回は長居をしすぎてWifiを切られてしまった。。w
コーヒーちゃんと頼んだのに。。。。

ネットを切られたので帰ろうとするとスカイがちょうどネットをしに来た。
そしてまたこの後韓国料理に行くけど行く?と聞いて来た。もちろん行きたいけど、
一日二回の韓国料理は少し贅沢だなと思ったので止めておいた。母国の味が一番。

宿に戻ろうと町を歩いていると途中で街灯がバッと消えてしまった。停電だろうか。
近くのスーパーに行って見ると真っ暗。日曜なので早めに閉まるのかなと思ったら停電のため、
ろうそくで営業していた。夕飯にカップラーメンを買って戻った。

予想通り宿も停電で真っ暗。これではラーメンを作るのも一苦労。懐中電灯を取り出しラーメンを作った。
夜は韓国人2人と日本人三人で将来の日韓関係などについて意見の交換。韓国人らは今後北朝鮮と韓国が
一つになるのは間違いないといい、そうなったら日本はもって今後の関係を深く注視するべきだと何度も言われた。過去に北朝鮮と韓国が一つになった後の日本への影響についてはなた考えた事すらなかった。
12時過ぎ、ベッドへ。明日はブハラという町へ移動だ。

<おまけの写真 - サマルカンドの人々。>

貧しい子たちもいた。写真を撮るとマネーマネー。
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市場で見つけた看板娘。
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こちらも市場のおばちゃん。伝統的な帽子をかぶる、というかのせていた。
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軽やかにお買い物中。地元民かな。。
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道ばたで見かけたお嬢ちゃん。カメラを向けるとポーズ。かわいいこだった。
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夕暮れ。
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市場で見つけたりんご飴!!!
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続く。。。。。。



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