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インド旅も終わり。インド最終の地コチへ。 トリバントラム〜コチ

2013年05月10日 18:20

                                13:27,5/10、フルマレ、モルディブ

いよいよ円安も1ドル101円代まで進んできた。
日経平均も気付けば14000円を超えている。アベノミクス恐るべし。
わしはモルディブの友人宅で、ぼーっとしている。モルディブではリゾートホテルに止まらないのであれば
生活自体は安く済む。ご飯も300円くらいだし、コーヒーも80円くらいで飲める。
歩いてすぐそこは海だし、何と行っても空と海の色が明るくて良い。
さて、インドのヨガアシュラムを出た後から、コチを去るまでのブログの始まり始まり。ぱちぱちぱちぱち。


12:50頃バスでトリバントラムヘ向かいその後列車でコチへと向かう。
トリバントラム駅でセカンドクラスのチケット(85ルピー)を購入。長蛇の列だったが意外と早く買う事ができた。タイミングも良く次の列車は14:40だった。殆ど待つ事間無く列車に乗り込みセカンドクラスの荷物起きスペースによじ登る。

実はその直前どこがセカンドクラスかわからず適当にスリーパークラスに座っていたのだが、とあるインド人がそこは私の席だと少し横柄な態度で一緒に居たイタリア人のマニュに声をかけて来た。
それが原因かどうかは分からないがマニュを怒らせてしまったらしく、
マニュは"Who are you? Are you police man?hah!?"、と挑発的な返答をし始めた。
インド人も何なんだお前はという感じで次第に声を荒げ始め、結局2人がshut up! Shut your mouth!と言い合う結果になってしまった。とりあえず2人を止め列車を一旦降りセカンドクラスを探したのだが、少し残念だった。

折角アシュラムでの一週間の生活で心穏やかな時間を過ごしていたであろうにいきなり感情をぶちまけてインド人に怒鳴るなんて。アシュラムでは自分をコントロールし、そう言う事もうまく制御するということを教えていたのでは無いんだろうか。勿論理不尽な事に対して反論すると言う事は普通だと思うけど、誰かのせいでイラっとさせられそのまま感情的になると言うのは自分をコントロールできていないのだとわしは思った。その一言で自分のイライラに拍車をかけるだけで無く他の人にも影響を与えてしまう。旅を始めた後、他の人、自分を取り囲む環境や状況のせいにして何かを悪く言ったりするのはやめようと思うようにしている。
まっ、何度インド人のせいにしたか分からないけど。。。

マニュはわしも行きたかったヴァルカラと言う駅で降りて行った。また今度来ようと誓いコチへと向かう。
車内では遥々チェンナイからコバーラムビーチまでサーフィンの大会の為に来ていたと言うインド人の若者たちと話した。ピアスをし、少しアフロチックな髪型だったので、インドのチャラ男だと思っていたのだが、話してみると意外に良い青年でびっくりした。

そうして20時過ぎにコチ、エルナクナムタウンに到着。
わしはエルナクナムジャンクション駅周辺の宿に泊まろうと思っていたのでオートリクシャに乗り換えた。
ジャンクション駅前にはホテルが沢山あったので何軒か聞いて見るとどう言う訳か何処もいっぱい。
駅前のためどこも混んでいるのだろうか。仕方なく歩き方に載っていた少し高めの宿に止まる事にした。

本日の宿:Paurson Park
一泊675ルピー。インドで泊まった宿では一番高額。しかもファンのみ。テレビ、シャワーはあり。
ちなみに24時間制のホテル。チェックインから24時間後まで部屋が使える。

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コチに到着した後、ヨガのせいか体が痛く直ぐにでも横になりたかったのでチェックイン後、部屋で少し休養。
その後ホテルのロビーのエアコンの効いた場所で涼んだ後、ご飯を食べに外に出た。
アシュラムではもちろんベジタリアンミールしかで無いのでここ一週間程肉を食べていない。特に食べたいと言うわけでは無かったが、入った店にチキンフライドライスなあったのでそれを注文した。南インドではベジタリアンが多い。というか宗教上インド全体でベジタリアンが多いため、肉を食べる機会がかなり減った。

ベジタリアンになるつもりは無いが、それでもたまに肉を食べたり鳥や羊を捌いている光景を目にすると、少しはベジタリアンについて考えてしまう。可愛がってるペットを殺して食べたりはしないのに、愛くるしい顔をした牛に関しては何処かの工場で殺され、それをうまいうまいと言って食べる。どちらも同じ動物であるのには変わりないのに。もし牛をペットとして飼ったとし(そんな事は起こりえないが)、その牛を工場に連れて行き職員に捌いてもらうとなったら何というだろうか。職員に、良い牛ですね、上質の肉ですよ、と言われたら、うわー、食べるのが楽しみだね!なんて言うだろうか。勝手な妄想なので実際にどう思うかは謎だが、感謝してお肉をいただけば良いと思っていた自分に少し違和感を感じたのは確かだった。果たして本当に感謝などした事があるだろうか、もしそうで無いなら食べるのを辞めるべきなのではと。そういう話をして居るとそれは人間のエゴだ!と言われるに違いないのでこの辺で辞めておこう。そういう事を余り深く考え過ぎるの思考の迷路に迷い込んでしまうだけだ。

もちろん健康のためにも良いのであればベジタリアンになるのもいいかもしれないとま思う程度がワシにはあっている。ただ単に要するにわしはただの影響されやすい人間なのだ。多分オーストラリアに行ったらアホほどオージービーフを食べているに違いない。

コーチは思ったよりも涼しかった。夜だからだろうか。
夕食後、泊まっている隣の宿の値段を覗いて見ると何と200ルピーだった。トホホ。チェックインした宿の3倍も払ってしまうだなんて。部屋は暑く窓を全開にして寝た。案の定蚊に刺されまくった。顔を刺されたのは久しぶりだ。

このままエルナクナムに二泊つもりで部屋を出て、フォートコーチンへ観光へ出かけた。
とりあえずジェッティーと言うフェリー乗り場に歩く。途中ケーララ観光局に立ち寄り無料のマップをもらった。ついでにコチからの日帰りバックウォーターについて聞いて見るとちゃんとしたブローシャーを渡された。こんなにマップやブローシャーがちゃんとしてあるのには感心。ケーララ州は観光に力をいれているのだろう。
バックウォーターツアーは面白そうだった。朝の8時に出発し、ハウスボートで半日、残りを小さなボートに乗り換え水郷地帯を巡るんだとか。昼食が付き、小さな村とココナッツプランテーションに立ち寄って850ルピー。フライトを明日にした事を後悔してしまった。それだけで無く一泊二日のハウスボートを2人で貸し切るもので4500ルピーと看板を出している旅行会社もあった。あと一日あれば。。。またケーララには来よう。
やり残した感がどんどん大きくなって行くのを感じながらフェリーでフォートコーチンへ。
チケットは3ルピーと安かったがチケットを買うのに30分は並んだ。

フォートコーチンではツーリストが多かった。それに宿やレストランも多くエルナクナムよりも全然雰囲気が良かった。こんな事なら昨日頑張ってくれば良かった。いや、今から移ろう。そう思いその辺のホテルの値段をチェックすると300ルピーの所が二箇所あった。しかも直ぐそこのバス停からは空港まで行くエアコンバスが走っていると言う。それからバスに乗り一度エルナクナムに戻りチェックアウトを済ませもう一度バスでフォートコーチンへ向かった。

フォートコーチンで入ったカフェ。植民地自体の倉庫か何かを改装したものだろうか。
あ、南インドではチャイと並び、コーヒーをよく飲む。なので列車の中でも、"チャイチャイチャイチャイ"と
売り子が来る代わりに、"コフィコフィコフィコフィ"と言ってくる。

blog5DSC_9115.jpg

コチ名物のチャイニーズフィッシュネット。
全然取れていなかった。。

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エルナクラムからフォートコーチンまで行くのはフェリーよりもバスの方が断然早かった。
エルナクラムのバス停でフォートコーチン行きのバスがどれなのか近くにいたインド人に聞いてみると
彼のバスはそっちのけで、わしのバスが来るまで一緒に待ってくれた。南インド人は親切な人が多い。
そして何故かコチにはムスリムが多かった。

フォートコーチンに到着し、早速先ほど値段を聞いた宿に向かった。

本日の宿 : Adam's Old Inn
一泊シングル300ルピー。ファン、トイレシャワー付き。
wifiは無いが近くのカフェなので利用出来た。

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その後暗くなるまでの間、町を歩く。
宿が集まるフォートコーチン中心部は程よくツーリスティックだった。
町にはグラフィティや絵などが溢れていてそういった物を見ながら歩くのも楽しい。

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フォートコーチンにはヴァスコダガマが死んだ際に埋葬された教会があるというので行ってみた。
サンフランシス教会。

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ヴァスコダガマと言えば、リスボンに行った時にもお会いしている。
コチで生涯を終えた後、現在はリスボンのジェロニモス修道院に葬られている。

ここに埋葬されていたそうな。世界を旅していると色んな著名人達の軌跡を辿る事が自然にあるので面白い。
ヴァスコダガマもそうだし、野口英世もそうだった。

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フォートコーチンの宿が集まるエリア。

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とまぁ時間はあっという間に過ぎ、インド旅も終了。
インドには行きたい所がまだまだあったが、そんな全てをまわるなんて事は出来る訳が無い。
と言う訳で、最後の締めはカタカリダンスのメークアップとダンスに決定。フォートコーチンの
カルチャーセンターでやっていた。350ルピー。

メークアップ。17時からスタートと聞いていたので17時に言ってみると、ほぼメークが完了していたw

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日本の歌舞伎の様なものだった。メークとダンスで約1時間。
もっと退屈なのかなと思っていたが、意外と面白かった。そして最後には写真撮影の時間まで用意してくれる。

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ダンスを見終わった後、近くで夕食を食べ、モルディブの友人に連絡をするため
ネットカフェへと向かった。連絡も無事取れこれでインドを立つ準備も完了。最後に一杯近くのバーで
ビールを飲もうと思った。

適当な店に入ると欧米人が"コンニチワ"と声をかけて来たのでそこに座り一杯一緒に飲む事にした。
そして彼が、"俺の出身はどこかわかるか?"と聞いて来たので、
"フランスだろ!"と言うと、正解だった。
彼は出身国を一発であてられたのが嬉しかったのか上機嫌だった。
"もし死の宣告をされたら俺は日本に行きたいんだ!お前は特別な目をしている!"など、
よくわからない事を言っていたので、だったら死の宣告をされる前に、インドに来ずに日本に行きなよ!
と言うと、それもそうだなと笑っていた。

そういえば昔、バンコクでタクシーに乗っていると、急いでいるからタクシーをシェアしたいといきなり他の客が乗って来た事があった。するといきなりその人が、君は10月28日生まれだろう?と聞いて来た。たまげた。いきなりわしの誕生日を当てたのだった。そして彼は良い誕生日だ、といってタクシーを降りていた事があった。世の中には変な事が沢山あるものなのだ。


5/8、8時発の空港行きバスに乗った。空港まではバスで1時間40分かかると言う。70ルピー。
バスはエアコン付き、車両も新型だった。結局トータルどれくらいインドにいたんだろうか。
1/31にカルカッタに到着し、2/28にネパールへ飛び、4/13から今日までインドにいた事になるので、ざっと約二ヶ月。短いもんだ。まだまだ行きたい所は多かったが、元々九月頃までには帰ろうと思っていたため、オーストラリアの事も考えるとそろそろ出て行く必要があった。それにこの後初めて行くスリランカで少しゆっくり旅をしたかった。旅の時間配分は酷だ。

バスで空港に向かっている時、あぁ次インドに来るのはいつになるのだろうかと寂しくなってしまった。
北インドとは全く違うコチの雰囲気に引き込まれてしまったせいだろうか。

空港には1時間半で到着。
コチの空港は想像よりもはるかに大きく綺麗だった。Wi-Fiもローカルの番号があれば何度でも10分だけフリーで使える。搭乗まで結構時間があったので助かった。さて、いよいよモルジブへ向かう。
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人生初のヨガアシュラム体験。 カーニャクマリ〜トリバントラム

2013年05月08日 21:54

                                   18:23,5/8、マレ、モルディブ

カーニャクマリ駅からトリバントラムまでの列車はセカンドクラスで70ルピー。バスと値段は変わらない。
もう少し安いものだと思っていた。列車の出発は10:30。定刻通り。
定刻通りに発着する事の方が今回のインドでは多い。

どの車両が座席なのかわからなかったのでその辺にいた乗組員に聞いて見ると、
"どこでも良いよ、ここのスリーパーに座っておきなさい"、と言われたのでそこに席を取った。
列車はガラガラ、そりゃ何処でも良い訳だ。ローカル線の為なのだろう。
それにしてもこんなに人の乗っていない列車は初めてだ。

トリバントラムには13時到着。結局所要時間もバスと変わらなかった。
シヴァナンダヨガアシュラムに行く前に軽い昼食を取るため歩き方に紹介されているヘンテコな外観の
Maveli cafeと言う駅前のカフェに行ってみる事に。中は螺旋状で一棟まるまるレストランになっている。
外観からすると意外にもオシャレなカフェらしいカフェなのか?と期待をさせる物の、中は至って普通のレストランだった。

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チキンビルヤーニを頼んだ。
そういえば最近中谷美紀のインド旅行記~南インド編を読んだのだが、流石の彼女もどんどんインド料理に
飽き始め、挙げ句の果てには食べのがただの作業になって行く。そしてチェンナイの日本食屋に駆け込むという場面があった。流石の芸能人もインド料理には飽きてしまうのだ。確かにインド料理は単調で、うまいのはうまいのだけれど、わしも流石に飽きる。
気付くと外は土砂降りの雨だった。雨が弱まったタイミングでレストランを出た。

ヨガアシュラムまではNeyyar Dam行のバスに乗りそのNeyyar Damで降りリクシャですぐの所にあると言う。
駅前の通りから発着していると聞いていたので何人かの人に聞いてバスを発見。雨は止んだが湿度が増し汗が止まらない。指が汗でふやけ始めた。なんちゅうことや。
バスに乗り走る事1時間40分、そのNeyyer damのバス停に到着。アシュラムの場所を示した看板があったので
そこから歩いてアシュラムへ向かった。汗だくになりながら十分程歩くとアシュラムに到着。

レセプションで登録用紙に記入を済ませ、ミニマムステイ三泊分の料金1200ルピーを支払う。
何だかホテルのチェックインの様な感じだった。そして短いアシュラム生活が始まったのだ。

結局3泊の予定だったアシュラム生活は5泊になってしまった。
行きたかったヴァルカラビーチやバックウォーターは諦め、アシュラムで少しでも長く居る事にした。
言うまでも無く来て良かった。来る前は一体どんな所かと思っていたが、毎日のヨガだけで無くここで出会った人々や気軽に話ができる環境、ヨガのレクチャーや初めてしたチャンティングなど新しい事が多く新鮮だった。
それでいてなんの抵抗も無かった。

アシュラムでは毎日規則正しい生活が送られる。
自由時間という物は少ししかなく、毎日がアッと言う間に過ぎて行く。
一日のプログラムが設定されており、それをただこなしていると消灯時間になっている。そんな5日間だった。

【毎日のスケジュール】

5:20 起床のベル
6:00 SATSANG、瞑想とチャンティングタイム
7:30 ティータイム
8:00 ヨガ
10:00 ブランチ
11:00 カルマヨガ(わしはダイニングの掃除を命じられた)
12:30 参加自由のコーチングクラス
13:30 ティータイム
14:00 レクチャー
15:30 ヨガ
18:00 夕食
20:00 SATSANG、瞑想とチャンティングタイム
22:30 消灯

と、毎日はこんな風に過ぎて行く。

アシュラム内は思ったよりも綺麗だった。まぁというかあまりイメージ自体で来ていなかったのだけれど
宗教臭さはそこまでないし、緑が多くのんびりした雰囲気だった。ただまぁチャンティングの際はいつも
"Jaya Ganesha Jaya Ganesha Jaya Ganesha Pahiman"というDaily chantingから始まり、その後いくつかの
チャンティングをする。さすがにその光景は少し奇妙だった。ろうそくだけを灯し、約40人程の訪問者が
一斉に歌うのだ。宗教的と言えば宗教的だった。仮に実家の近所を歩いている時に密かにそれをやっている
のを発見してしまったとしたら、多少焦るだろう。

宿泊施設もドミトリーから個室まである。ドミトリーだと1泊400ルピーで1日過ごせる。
個室だともう少し高いのだが、普段のインドの生活で使う金額を比べればかなり安いと思った。
訪問者の多くが欧米人。イタリア、スウェーデン、フランス、スペイン、日本、インド、アメリカ、
スイス、ドイツなどなど世界各国から多くの人が来ていた。実際何人居たかはわからないが
ざっと50人くらいはいたはず。わしが居たときは日本人が5人、イタリア人も5人程いた。
とりわけわしが話した人々は皆気さくで良い人ばかり。

ドミトリー。
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一日に2時間程ある自由時間に合わせてハットと呼ばれるカフェの様な所が利用出来る。
チャイやフルーツジュースなどが売っており、暇な人は底で寛いだり話したりしていた。

食事は基本カレー。米の日もあればドサやプットゥの日もある。
味はおいしく、お腹がいっぱいになるまでたらふく食べれるので空腹で困る事はここではない。

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ヨガはビギナークラスとインターミディエイトの2クラスあるのでヨガをやった事が無い人でも
全然問題なさそうだった。一応毎月1日と14日あたりから2週間のコースという名目で始まるのだが、
別にいつ行っても良いし、最低三泊すれば、いつ出ても良い。
ヨガ講師は何人かいて、日や時間によって担当が違う。ただどの講師もとても良かった。
アシスタントとして登場したおじいちゃんは特に気に入ってしまった。

こちらはサイレントウォークの際の写真。
朝の6時にアシュラムを出発し近くの池に朝日を見に行くと言う物だった。写真に写っている犬は
アシュラムの犬で、このサイレントウォークの際はいつも先頭を歩いて皆を先導するのだとか。
もちろんヨガの時もチャンティングの時も近くに寄ってくる、アシュラム犬なのだ。

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金曜日はフリーの日。アシュラムを出てビーチに行くも良し。アシュラムに残りいつも通り過ごすも良し。
わしは5日の滞在だったので外に出ようか迷ったが、朝のヨガだけした後、アシュラムの日本人とトリバントラム
へ出かける事にした。トリバントラム自体はそれほど見る物が無かったが、町は意外と栄えており、スーパーや
ショッピングセンターなどもあった。

トリバントラムの道端にて。
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お恥ずかしながらトリバントラムに来てようやくイドリーと言う物を食べた。。。
インドの朝ご飯。

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アシュラムに来る人はスピリチュアリティーやヨガなどが好きな人が多く、関連した情報も自然に集まるし、
他のアシュラムの体験談やお勧めなんかも話で出るのでとても興味深かった。
今度仮にインドにこれたとしたら、多分アシュラム巡りをしたい。
特にアンマのアシュラムとビパサナの瞑想。
多くの人が体験していたけど、そんな話を聞いていたら興味が湧いた。

アシュラムのお茶広場。
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あっという間のアシュラム生活を終え、5/6、いつも通り6時前に起きサトサンガへ。
その後のアサナクラスに出た。4日間毎日朝と夕方二時間ずつのヨガのせいか体の所々が痛かった。
それでもヨガをし終わると毎度かなり爽快な気分になる。
今日は最後のヨガだったのでもう一度インターミディエイトのクラスに出て見たのだが、やっぱりビギナーよりも疲れる。が、新しいポーズをするのでビギナーのクラスよりもチャレンジ精神が生まれ、個人的にはヨガが少しゲーム感覚になって楽しかった。何と言うポーズかはわからないが、カエルの逆立ちの横バージョン?と言えば伝わるのだろうか、あれが新鮮だった。そして汗のすごい事。こんなに汗をかく事はなかなか無い。
ヨガマットにまで汗が染み込みマットを人差し指で押すとそこから汗が滲み出るほどだった。

たった五泊の滞在だったけど、規則正しい生活が送れたし、多くの人と話す機会があったせいかとても充実したものだった。それにオーストラリアに13年在住の日本人お姉様と、日本語を話すオーストラリア人にも出会えた。
これからオーストラリアに行くワシにとってはとてもラッキーな出会いだった。
皆さん健康には気をつけましょう。食べ過ぎ吸い過ぎ飲み過ぎなどなど、過ぎには特に。

ヨガクラスを終え、パッキングを済ませドミトリーを後にした。
運良くお見送りまでしていただいて同じ列車に乗るというイタリア人と共にバス停に向かった。
本当に来て良かったと思う。

旅はコチへと続く。

どこに行くのか決められない最近!ゴカルナ〜トリバントラム〜カーニャクマリ

2013年05月08日 00:24

                                    20:48,5/7、コチ、インド


4/29、オムビーチで知り合ったスイス人のロジャーもこの日ゴアへ向かうと言うので
オムビーチからゴカルナ駅にまでのオートリクシャをシェア。駅までは350ルピーもする。

しかしオムビーチも良かった。多分これが南インドのビーチの良さなのだろうか。
タイのビーチの様に特に海の色が綺麗なわけでも無いのだが、特有の心地良さがあった。
波の音を聞いたり、その辺の旅行者とも気軽に話せるような環境で、長居をすればする程
抜け出せなくなる様な性質があった。中には六ヶ月もオムビーチに滞在している欧米人もいたりした。

駅に到着後、Karwarまでのチケットを購入。15ルピー。
Karwarと言う駅で乗り換えてトリバントラムへ向かう。
駅員に次の電車がいつ来るのか聞いて見ると、10:22発の列車が一時程遅れてくると言う。

チャイを飲みながらロジャーと時間を潰し、12時前にようやく列車が到着。
Karwarまではたったの40分で到着した。数日だったが何度がご飯をお供してくれたロジャーに別れを告げ
列車を降りた。ちょうど駅に一つレストランがあったので、エッグカレーを食べる。
ココナッツが入っていてうまい。タイのカレーとよく似ている。
駅で待っている時間、日本の田舎にいる様な気分になった。小さな駅のせいだろう。
湿気具合もちょうど日本の夏と似ている。

トリバントラムまで行く列車はラジャタニーエクスプレスと言う列車で、遥々デリーを出発し
三岐鉄道保々駅に毛の生えたようなカルワール駅に入ってきた。デリーから来たと言うのに遅れはたったの20分。インドの列車も10年前に比べれば遥かに運行状況が改善されているのだろうか。
いつもの列車とは少しタイプの違う列車でなんだか気分が良かった。今日の車両はエアコン付きの三段ベッド。
エアコンが良い具合に効いていて快適過ぎるくらいだった。
さて16時間の列車の旅が始まった。

すると早速ミネラルウォーターが配られた。無料なのか聞いて見ると無料だと言う。
その後しばらくするとトレーにのったオレンジジュースとスナック菓子が運ばれてきた。
どうやらこのラジャタニーエクスプレスには食事が付いているらしい。
何と言う事だ。。以前一等車両に乗った時は高いお金を払ったもののそれに見合う程の価値があったとは思えなかったが、今回はエアコン付きの車両と言うだけでご飯におやつまでついているとは。これはありがたい。

今日のベッドの位置は真ん中。
誰にも邪魔されず座っても天井に頭のつかない一番上のベッドか、side upperと呼ばれるベッドを取る様にしているのだが、今回は満席のため真ん中のベッド。side upperの場合カーテンも付いており完全に個室化するので寝るには最適なのだ。

気づけば夜の九時。ご飯が運ばれ始めた。ちゃんとノンベジかベジが選べる。
そしてボーイがトレーに乗ったチキンカレーとダール、ライスを持ってきてくれた。
何と言うサービスなんだこれは。

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真ん中のベッドは高さが上段のベッドのせいで低く、首を曲げないと座れない為食べるのに少し苦労した。
下段に座れば良いのだけれど既に荷物であふれ他のインド人乗客が占領していた。
お味はまぁまぁ。が、流石にヨーグルトは微妙な味がしたので食べずにおいた。
食べ終わると10時になっていた。列車は朝の5時にトリバントラム着予定なのでそろそろ寝よう。
快適なインド寝台列車の旅もこれが最後かもと思うと少し残念。

列車が遅れた分到着も遅れるだろうと思っていたがトリバントラムに着いたのは定刻の5時過ぎ。
気持ち良く寝ていたのに起きざるを得なかった。さて、どうしようか。とりあえず駅を出てチャイを飲む。

まだ完全にどこに行くかは決めることができていなかった。
このままヨガアシュラムに行くか、カーニャクマリに行くか。悩みの種はカーニャクマリに行く価値があるのかいまいち不確かだった事だった。先がとんがっているインド大陸の先端にありそれが最南端でしかもここから2-3時間で行けるとなれば行っておいた方が良い気もする。が、優柔不断になってしまう。

次の列車の出発時間を確認すると9:30だった。3時間待たなければならない。
駅の反対側にはバス停もあったので聞いて見ると次のバスは30分後の6:20に出発すると言う。
グットタイミング。

と言う訳でそのままバスに乗りカーニャクマリへ行く事に決めた。
トリバントラムーカーニャクマリのバスは68ルピー。すでにバスが来ていたのでバスに乗り込んだ。
バスチケット支払いの際財布を見て見るとまだかなりの500ルピー札があった。お金を下ろす際いつもいくら下ろすか迷う。そして大概足りなくなりまた下ろすと羽目になるのだが、今回は少し余りそうだ。

バスは快調に走り続け二時間半でカーニャクマリの中心部に到着した。
早速近くの宿を二、三軒程回り、400ルピーでなかなか綺麗な宿を見つけたのでそこにした。

本日の宿 : Hotel Ridhu
一泊ダブルが400ルピー。シャワートイレ付きでまぁまぁ清潔。屋上に洗濯物が干せる。
周辺には200-300の宿もあった。

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まだ朝の9時過ぎだったので一眠りしようと思ったが腹が減っていることに気付き、朝食がてら少し町を歩いて見ることにした。宿の近くにあった食堂でドサを注文。南インドに来てまだバナナの葉を皿代わりにつかっている所で食べた事が無かったので少し期待しながら座っていると、期待通り葉がテーブルにセットされた。
こちらのほうが色合いがよっぽどよく見える。

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ドサをささっと平らげ取り敢えずインド大陸最南端へむかった。
流石に最南端だけあって暑く湿度もかなり高い。町は小さくゴアやゴカルナで嫌という程見かけた欧米人もほとんど見かけない。どちらかと言うとインド人観光客が多い。あちこちにインド人観光客を載せて来たであろう大型バスが止まっている。宿から最南端のポイントまでは5分程だった。

旅を始めて二年と半月。インド最南端にこうして立っている。が、喜びや達成感がわっと溢れ出すということは無かった。それでももうすぐ終わるインド旅行の締めくくりとしては悪くないものだった。
そこに長居する事も無く写真を三枚とってガンジーの記念館にむかった。それにしても汗が止まらない。
この暑い中チャイを飲んでいるインド人を見ると信じられない気分になる。

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ガンジー記念館は無料。靴を預けるのに50パイサと書いてあったので2ルピーコインで支払った。
普通ならすぐさまお釣りが帰ってくるのだが、これまたインド人。何を考えてるのかお釣り何ていらないわよね、そんな顔でわしを見つめる。ゴアのバスでも度々お釣りを返そうとしないことがあった。
今回はたった1ルピーの事だったが、おつり!と言って返してもらった。
何でお釣りを返そうとしないのだインド人。
ガンジー記念館には数枚の写真が飾ってあった。若かりし頃のガンジーを始めて見たが、相当なハンサムだった。

カーニャクマリでは色んなインド人が声をかけて来た。写真を一緒に取ろうと何度が言われた。
こちらの方をジロジロと見て来るのはインド全土変わらないのだが、ここの人たちは笑ってくれる。
特に子供たちは興味深そうにワシの方をじーっと見つめて来る。不快感は不思議と無い。

列車の時間を確認する為駅にも行った。そして近くにあった大きな教会に立ち寄ると周辺の町並みがとてもカラフルで驚いた。一体わしは今どこにいるんだろうか。まるで中米の町のような家の色とアフリカの漁村にある様な漁船のある光景。そして黒と黄色のオートリクシャ。そこを歩いていると玄関先でチャパティにじゃがいもを乗せた料理を食べていたおばちゃんがにっこりと、あんたも食べる?と聞いて来てくれた。そういう一言で町の印象は良くなる。この先誰かにカーニャクマリは良かった?と聞かれれば、良かったよ!と答えるだろう。

教会。
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教会近くの町並み。
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流石の暑さに危険を感じ、宿に戻って昼寝をする事にした。が、まさかの停電でファンが回らず寝れる様な環境ではなかった。部屋にいるだけで全身から汗が滴る。30分程経つと無事復旧。眠りについた。

起きると17時を過ぎていた。三時間程昼寝をすると頭はスッキリ。もうそろそろ夕日か。

この時期夕日が沈み始めるのは18:10頃とゲストハウスのおじさんが言っていた。
あいにく今日は雲が多く、綺麗な夕日が見れる可能性は低かったが折角なのでサンセットポイントと言う所まで歩く事にした。宿からは30分少々で行ける。サンセットポイントには多くのインド人が夕日を見に来ており、アイスクリーム売りやチャイ売りなどが何人もいた。案の定太陽は巨大な雲に隠れていた。次第に暗くなり始め、最後まで太陽の姿は見れなかったが、雲から漏れる太陽の光が周囲を赤く染めた。

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歩いてまた町まで戻るとナイトマーケットの様な場所があった。売られているものといえばおもちゃや貝殻で作ったお土産がほとんどで、興味を引かれる事はなかった。久々に中華でも食べよう!と思い宿近くのレストランに入って見た。メニュー見るとチャイニーズ欄にも結構な種類のメニューがあった。その中から野菜炒めを注文した。マサラの味が全くせず中華だ、と感動したがかなり脂っこく全部食べきれなかった。
さて戻ろう。暑さと湿気のせいで眠い。

翌日朝日を見る為6時前に起きた。
屋上から海の方を見ると少しづつ明るくなって行くカーニャクマリの町が見える。
眠かった為海岸まで行こうか迷ったが、折角なので行って見る事にした。朝も早よから多くのインド人が朝日が昇って来るのを待っている。これがカーニャクマリ観光のハイライトなのだろうか。それにしても眠い。それなりに朝日を見ても特別な気分にはならなかった。ただぼーっと太陽が昇るのを見てシャッターを切り十分昇った所で立ち上がり宿に戻った。まだ2時間以上は寝ることができる。起きると9時前になっていた。荷物をまとめトリバントラムへ向かう為鉄道駅へ徒歩で向かった。

続く。

いざ、もう少し南へ!ゴア〜ゴカルナ(オムビーチ)

2013年04月29日 02:13

                            22:22,4/28、ゴカルナ(オムビーチ)、インド

気付けばもうすぐ4月も終わる。
わしはこの旅の始め、遅くとも今度の5月には帰ると行っていた気がする。
実際、帰るどころかまだインド。
GWに日本に帰り、日本の家族や友達とたっぷり遊ぶつもりだったのだが。

南インドは思っていたより涼しく、ファンだけでも至って快適。
そしてゆっくりとした雰囲気に完全に飲み込まれ、これ以上色んな所を見る必要があるのかわからなく
なってきた。好きな所でゆっくりと、そんな感じで今までの旅に比べかなり気持ちがゆったりしている。


さて。
4/25、ゴアを離れてゴカルナと言う村へ出発。何人かの旅人にゴカルナを勧められたので行ってみる事にした。
ゴカルナへはマルガオ駅から列車に乗って1時間半。ゴカルナはゴア州ではなくカルナータカという州に属している。と言う訳で11時にアンジュナビーチをバスで出発し、マプサ、パナジで乗り換えてマルガオまで向かった。

パナジからマルガオまでのバスの中で隣に座っていたインド人が話しかけて来た。
白いシャツにスラックスを来ているが足下はサンダル。これがインドのクールビズなのだろうか。
彼もゴカルナ方面に列車で行くと言うので案内してもらうことにした。

バスは駅まで行かずバスターミナルに到着。
ここから駅まではバスでも行けそうだったが、そのインド人曰く列車が14時発だからバイクタクシーで行こう
と言う。確かに時計を見ると13時15分。バイクタクシーに乗り、駅に向かった。そして13時半、駅に到着。

ゴカルナ行きのチケットは25ルピー。
列車が到着すると最初こそ人々は我先にと席を奪い合う様だったが一旦落ち着いてしまうと
思った程の混雑ぶりでは無かった。みんなちゃんと座っている。わしらも席を確保し、列車の出発を待つ。
天井を見ると1車両に30もの扇風機が取り付けられている。よく考えればこの旅で座席車両に乗るのは初めてだった。列車はなかなか出発してくれず、結局1時間半後、静かに動き始めた。

ヤシの木が風景を眺め、いくつもの川を渡る列車の旅は思ったよりも良かった。
そして列車は17:40にゴカルナ駅に到着。思った通り小さな駅で、駅には売店が一つあるだけだった。
駅前に出ると一台のオートリクシャが止まっていたのでオムビーチまで行きたいと伝える。料金は300ルピー。
高いよと言うとゴカルナの中心部までだと150ルピーと言う。すでに18時近いのでこのままオムビーチまで行ってしまう事にした。ちなみにオートリクシャでゴカルナの駅から町までが20分程。
町からビーチまでは10分少々かかる。

オートリクシャはオムビーチ入り口のパーキングスペースに到着。
そこから歩いてビーチに下りた。
オムビーチはビーチの形がインドのオームに似ているためそう呼ばれているとか。
確かにそのような形をしていなくもなかった。とりあえず宿探し。

オムビーチ。

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歩いて直ぐにナマステと言う名のカフェがあったので聞いてみると1泊300ルピー。
友人から1泊150ルピーで泊まれる所があると聞いていたので少し高く感じ別をあたる事にした。
ビーチには5軒程のゲストハウスがあった。ビーチの一番奥の方にあるラスタカフェが150ルピーの宿と
判明したのだが、あいにく満室。なので隣の宿に泊まる事にした。

本日の宿:Cafe Nirvana
1泊350ルピー。インターネットは1時間60ルピー。トイレシャワー共同。
宿は清潔で蚊帳もついている。レストランは無い。蚊帳に入るとテント気分。

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チェックイン後、宿の外に座って海を眺める。
直ぐ目の前に海があり、部屋の中からでも波の音が聞こえるのは不思議と怖い気もした。
そのまま波が押し寄せて部屋に水が入り込んできやしないか何て心配にもなった。変だ。

隣に座っていたスイス人が今日町で祭りがあるけど行くか?と聞いて来てくれたが、到着したばかりで
動く気にならなかったので祭りは断り、夕食を一緒に食べる事にした。何とも独特なテンポで話すスイス人。
小さいビーチのせいか皆顔見知りの様な感じで旅人達が話をしているのが印象的だった。

オムビーチには列車の都合もあり4泊した。
本来3泊にしてカーニャクマリまで一気に下ろうと思ったのだが、ダイレクトで行く列車がなかった。
それに現在インドの休暇シーズンと重なってらしく列車は激混み。4/28発の列車をウェイティングで購入したが
結局出発数時間前になってもステータスが変わらず、諦めた。そして4/29のトリヴァントラム行きのチケットを購入。トリヴァントラムに行って少しヨガをしよう。

オムビーチのあるゴカルナからはマンガロールやムンバイへのバスも発着している。
鉄道駅もいくつかあり行き先や曜日によってどの鉄道駅から乗るかを決めなければならない。

一番近い駅はGokarna roadという駅。ここからはMargao(GOA)やKochi、Trivantrumへの列車が発着
しているが、わしがチェックした際はTrivantrumへの列車は土日のみだった。
他にKumtaという駅からも多く列車が発着しているし、Karwarというゴカルナから北に行った所にある駅からも
多く発着している。見た所、Karwarからの列車が空いていたのでKarwarからTrivantrumへ向かう事にした。

と、いきなり交通機関情報。

オムビーチでは何をしていただろうか。
至ってのんびりしていた。ビーチにはゲストハウスとレストランはあるのだが、それ以外は
周辺のビーチくらいしか無いため、本を読むか、泳ぐか食べるかくらいだった。
しかしビーチで牛を見るのは少し違和感があった。今石垣島にいる気もしてくる。

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ゴカルナの町にも2度行った。
結構大きくてびっくり。ビーチもかなり大きい。ゴカルナにもゲストハウスが何軒かあり
こちらに滞在している欧米人もかなりいた。

ゴカルナの夕日とクリケット少年。

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近くにはハーフムーンビーチとパラダイスビーチがあり、どちらも歩いて行ける。
パラダイスビーチにはいくつかのハンモックがあり他の旅行者達がそこで寝泊まりしていた。もちろん無料。
ただパラダイスビーチにはハンモックしか無く、店は無い。魚を釣って生活をしている欧米人もいた。

パラダイスビーチ。

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オムビーチに比べこじんまりとしておりなかなか。
ハーフムーンビーチには一軒ゲストハウス兼レストランがあった。
多くの欧米人がオムビーチやゴカルナから泳ぎにきていた。

オムビーチから見える景色は、一瞬鳥羽の夫婦岩の様にも見えた。郷愁である。

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4/27にはゴカルナの町で収穫を祝うお祭りも開催されていた。
これがまたあまり良くわからん祭りだった。祭りは夜の10時から始まると言うので
スイス人のロシェとドイツ人カップルらとオートリクシャをシェアし祭りに向かった。

少し時間が早かったのか、まだ通りに人がおらず静かだった。
マサラドサを食べながら、ゴカルナのレストランで時間を潰し10時近くなったので場所を移動。
すると何台ものトラックが道の脇に止まっており、その荷台の上でインド人が様々なシチュエーションを祝っていた。例えば脱穀をする人やただ踊る人、古典舞踊を踊る人に人を殺す人。
何とも統一性に欠けて何が何だかわからなかったが、よく見ると多くのインド人男性が女装をして祭りに望んでいた。まさかヒジュラーの祭りなのでは?と思ったが、彼らにはこれっぽっちの色気も無く、ただ単に祭りのために
女装しているように見えた。

ちなみにヒジュラーとはインドのおかまちゃんのことで、アウトオブカーストなのだが
ちゃんと一つの身分として存在しているらしい。デリーの友人に聞いた話では、どこかの家で子供が
産まれると、ヒジュラーはその話を何処からとも無く聞きつけ、そのお宅に行き赤ちゃんの健やかな人生を
祈願するんだとか。来られた方はそれでお金を渡すのが風習らしい。人々はヒジュラーをぞんざいに扱おうと
たたりが起こると信じているらしい。本当かどうかはわからんが、ただ単にそのネーミングだけでも興味深い
と思ってしまった。最初はヒムラーと聞き間違え、バナナマンっ?!と聞き直してしまいそうだった。

C級祭りの部類に入る祭りではあったが、予想以上に面白かった。
どうやら女性は道の脇からしか見る事が出来ないため、道の真ん中にはほぼ男。
見物客もトラックの荷台を見ながら笑ったりしている。どちらかと言うと見物客を見ている時間の方が長かった。

見物客ら。

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パプアニューギニアの原住民の様な格好をした人も登場。
奇声を発し走り回っていた。すると走るのを止め何かに向かって叫び始めていたので見てみると
10人程の原住民が一匹の鶏を囲み、脅していたのだ。これぞ収穫の感謝の現れなのだろうか。
その後、再び現れた原住民は同じように走り出しては止まり、今度は丸焼きにした鶏を担ぎながら
狂ったようにしゃぶりついていた。笑、である。笑。

叫び狂う原住民。

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これもよくわからない荷台での光景だったのだが、女装をした男達が
自転車をひっくり返し、どうみても嫌そうにペダルを足で蹴る様にこいでいた。
こればかりは何をしているのかが想像もつかなかった。
家のベランダから見ている人たちはどう思ったのだろうか。

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トラックはその場からほぼ動かず。荷台で祭りを演出している人々も、同じ作業をず~~~~~っと
繰り返していたのには驚いた。交代する事も無く、この蒸し暑いゴカルナで延々と。

かわいい子供も沢山。
ゴカルナの住民全員参加しているんじゃないかと言う程人に溢れていた。

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そんなに珍しいのかインド人女性らよ。

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女性陣見物客。

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行き交う人々。すごい熱気だった。

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祭りでは子供達も歌を歌いながら踊っていた。
田舎ならではの行事だな~。

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カーニバルの衣装のような物を着飾ったグループもあり。

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が、祭りの一番先頭ではインド人がトランスに酔いしれていた。
それも限りなく激しいダンスで。両手を上げかけ声と共に踊り狂う。
一体何の祭りなんだこれは。南インドであれ不可思議な出来事に遭遇してしまうのだ。

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祭りの後、まだオムビーチのレストランが開いていたのでそこで冷えたバドワイザーを飲み、
そこにいた旅行者達と共に夜の海へ。水中で手を動かすと小さなプランクトン達が光っているのが見えた。

さてさて、5/8発のモルディブ行きのチケットを買ってしまったためもうあまり時間がない。。
ケーララでバックウォーターにも行きたいし、ヴァルカラビーチ、ヨガアシュラム、インド最南端の
カーニャクマリにも行きたいが、どうやら時間が無いのでそのうち2つしか出来なさそう。
少し残念に思いながら、トリヴァントラムへと向かう。

いざ南インド突入!

2013年04月29日 01:46

                                 22:06,4/28、オムビーチ、インド


気付くと到着予定時刻の二時間前になっていた。29時間なんてあっという間なのだ。
到着予定時刻の一時間前になり上段のベッドから下段に移った。
同室の乗客の家族が来ており楽しそうに話している。
外の景色を初めて眺めたがこれまでの列車から見る景色とは全く違った。緑が多く椰子の木まで生えている。
初めての場所に来たと言う感覚になった。

列車は遅れゴアのThivimと言う駅についたのは13:20だった。
どれだけ暑いか恐ろしかったが、皆が言うほど暑くは無く心地よい風が吹いていた。
駅前は片田舎の様な景色で土の色と木々の色、鳥のさえずりが重なってとても気分が落ち着いた。南インドに来たのだ。ここからどうやってどこのビーチに行こうか迷ったが取り敢えずアンジュナビーチに行こう。

バイクタクシーやオートリクシャが駅前に止まっていたので値段を聞いてみるとアンジュナビーチまでが300ルピー、マプサという各ビーチにバスが出ている町まで15ルピーだった。バスで行けばかなり安くつくのでバスで行きたいと言うと、バスは少し歩いた大通りから出ていると素直に教えてくれた。
デリーであればバスはないといってタクシーを進めて来るだろうに、南インドでは人も親切なのかもしれない。
少し歩くとバスが待っていた。マプサまでは15ルピー。そしてバスに乗る。

マプサは意外と栄えていた。町の雰囲気もガラッと変わり所々にコロニアルな雰囲気と教会を見かけた。
アンジュナビーチ行のバスはちょうど出発する所でタイミング良く乗ることが出来た。
そしてアンジュナビーチまでは結局一時間かからないくらいで到着。
どこに泊まるか当てはなかったが適当に歩いていると宿の親父が声をかけて来た。
値段を聞くと200ルピーと安かったので部屋を見てそこに泊まることにした。

本日の宿:Valentina Guest house
一泊200ルピー。部屋は広々。ファン付き。これと言って特徴もないが悪くない宿。宿には四部屋しかないそう。WiFiはなし。近くの宿は300-600ルピーだった。600ルピー払えばプールがある所にも泊まれる。

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ゴアでの生活はのんびりとしている。
アンジュナの町もメイン通りに店やゲストハウスがあるくらいで、比較的静かだ。
到着して少し周辺を歩いてみた。南インドに来たね~と、また思ってしまった。

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アンジュナにあったカフェはお客ゼロ。
海を目の前にお茶が出来ると言う最高のロケーションなのにも関わらず。

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殆どの旅行者がバイクを借りて他のビーチに行くと言うのでわしもバイクを借りて二日間借りる事にした。
バイクは一日200ルピー、ガソリンは1Lで58ルピーだった。(150で借りられるらしい。。くそっ。)
もともとアンジュナでは無くアランボルビーチと言う北部のビーチに泊まるつもりだったが
アンジュナと言う響きに惹かれアランボルは日帰りで行って来た。

アランボルは静かで良いと数人の旅行者に聞いていたが予想に反してビーチに周辺の村には
たくさんの店があった。シーズンの終わりと言う事で店は閑散としていると言わざるを得ないが、
ビーチに出ると多くの欧米人が海水浴を楽しんでいた。

特にビーチや海が綺麗なわけでも無いがゴア独特の雰囲気が漂っておりとても良い。
本当にここがインドなのかとも思うが、サリーを来た女性を見るとやはりインドなのだと頷いてしまう。
それでもやはり北インドとは民族が違うのか、顔つきも違う人が居たりする。

アランボルビーチの隣のビーチ。

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ビーチを幾つかの回って見たが、正直どこもあまり大差はなかった。
インド人観光客が多い所もあれば欧米人率の高いとこもある。

カラングートビーチ。沢山のインド人観光客で賑わっていた。

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バイクに乗っている途中に見つけた綺麗な建物。

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地元の人々は比較的親切。物売りや変な日本語で話しかけて来る人々はいるが多くない。
北インドで苛立つ様な事は不思議な事にあまりない事に気付く。
ここの住む人の半分がキリスト教徒と言う事も少しは関係あるのだろう。

南インドで楽しみだった食べ物。
南インドを訪れたほとんどの人が南インド料理がうまいと言っていたので楽しみにしていた。
村を歩いているとFish Tali 120と言う看板を見つけたので早速食べて見る事にした。何せ久々の魚。
ネパールでももちろん鯖の塩焼きなどは食べる事ができたが、海の近くで魚を食べるのは久しぶりだった。
フィッシュターリーは絶品。味の塩焼きだけで無くカレーの中にも鯵がたっぷり入っていた。
他にはイカのカレー何かも食べて見たけど、新鮮なせいか美味かった。

フィッシュターリー。

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バイクを借りない場合はバスでも全然移動出来るしそっちの方が安い。
バスはマプサからビーチ方面に頻発している。わしが使ったバスの所要と値段を参考までに。

アンジュナビーチーマプサ(所要25分,15ルピー)
マプサーパナジ(所要20分,14ルピー)
パナジーオールドゴア(所要15分,12ルピー)
パナジーマルガオ(所要40分,30ルピー)

アンジュナビーチ滞在中にゴアの行政の中心部であるパナジと有名なフランシスコザビエルのミイラが
安置されている教会のあるオールドゴアにも行って見た。
ヨーロッパにいた時は何でこんなに教会ばっかあんねん、とほぼうんざりしていたが久々の教会は新鮮だった。

ザビエルの遺体は10年に一度だけ公開される。
次は来年らしいのでゴアに来たら言って見る価値はありそう。
その教会に入って、祭壇右側にはそのザビエルの遺体が入っている棺があった。
下から見ても人の姿が棺の中に見えるのだが、あれがザビエルなのだろうか。

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懐かしのザビエルよ、あなたはわしの世界史のテストで確実に点の取れる問題の一つだった。
インパクトのある自画像と覚えやすい名前に何度も感謝したなぁと思い出す。
とまぁ、こうして現在のインドでもキリスト教が根付いていると言うのは興味深いものだった。
オールドゴアには教会以外何もなさそうだったので直ぐにパナジへ戻る事にした。
それでも久々の観光気分を味わえた。

パナジを少し歩いてみる。
町並みはポルトガル占領時代の面影が少しあり懐かしくなった。

パナジの町並み。

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パナジ教会。

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パナジに来たのは歩き方に乗っていたポルトガル料理店レストランに行くためでもあった。
本当にポルトガル料理が食べられるのか不安だったが、その店に行ってみる事に。
ちなみに歩き方最新版に乗っている場所とは違う所にあった。良くある話だが。。
店内は確かにポルトガル的な雰囲気。インド人のファミリーがステーキを食べていた。
メニューを見るとツナのグリルがあったので、真っ先にそれを注文してしまった。
実際ポルトガル料理があったのかどうか、、、覚えていない。ビールとツナステーキで300ルピー位だった。

店内。

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そんな感じでアンジュナビーチには五泊。
とりあえず南インドの良さに浸る事が出来た。

続く。


Update


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