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さてさてプノンペンへ。治安はいかがな物でしょうか。 シハヌークビル〜プノンペン

2014年02月17日 00:26

                                    03:27, 2/16、シンガポール


シハヌークビルを午後1時に出発したマイクロバスはプノンペン中心部に18時に到着。
地図を見ながら自分の位置を確認していると、どうやら予約していた宿の直ぐそばを先ほどとおり過ぎて
しまっていた。まぁいいかと思いバスが止まるまで待った。

バスはバス会社の前で到着。
すると頼んでおいた宿の無料送迎のおじさんがわしの名前のボードを持って待っていてくれた。
無料送迎はその日こんでいて利用出来ないかもしれないと聞いていたのでラッキーだった。
しかし街はごちゃごちゃしている。期待通りだった。そういえば、タンザニアのダルエスサラームに
到着したときもバスから見える景色に、どことなく東南アジアを感じたのを思いだした。あの時
見えた景色と、このプノンペンの景色はどことなく似ている。

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本日の宿:Nomads Hostel

Hostel bookersで予約しておいた。6ベッドドミが1泊6ドル。
エアコンあり。タオル、Free wifiあり。タウンハウスを改造した比較的綺麗な宿で
他の旅行者とも交流しやすい作りだった。オーナーは欧米人とカンボジア人の夫婦。
ただ、10ドル札と予備バッテリーとイアホンをベッドの上に置いたまま少し外に出た際、
それらが消えていた。。。my faultですが、、。

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プノンペンには3泊。その後インドネシアのロンボク島へ向かう。
今まで行ったシェムリアップ、シハヌークビル、ロン島はどこもホリデー感が強すぎて
もっとごちゃごちゃした生活感の溢れる所に行きたかったというのもあり、プノンペンは面白かった。
観光地にいはあまり興味が無く、キリングフィールドや博物館も過去に行っていたので今回は
町歩きと飲み歩きをしただけだった。

過去の記憶を呼び起こそうとする物の、覚えている事と言えばCAPITOLという安宿に泊まった事と、
その宿で寝ている間に銃声らしき音が聞こえた事、セントラルマーケットに宿から歩いて行った事、
キリングフィールドにバイタクで行き、シューティングレインジでライフルを3発程売った事だけだった。
やんわりと当時のセントラルマーケットの風景を覚えているが、それはそれは汚く、臭く、まさに
アジアの市場と言う感じだった。が、現在のセントラルマーケットは完全に生まれ変わり、当時の面影は
全くない。見事にマーケットになっていた。

セントラルマーケット

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プノンペンは危ない。
未だにそういう声を聞いていたので少々用心していた。
強盗やひったくりも頻繁に発生し、日本人もかなりの被害にあっていると言うので
他の街に比べ、何か殺伐とした雰囲気がまだ残っているのを想像していた。
が、行ってみるとそんな雰囲気は殆ど感じられなかった。街は発展すればする程車の量が増え、
バイクの量が減って行くのは何処の国でも同じだが、プノンペンはまだまだバイクの量が車よりも
遥かに多い。バイク事故も目の前で起こっていたし、事故りそうな現場も2度見てしまった。
治安と言うよりは事故に気をつけた方がいいかもしれない。そのせいか
タイと言うよりは、ベトナムに似ていると思った。

街を歩いているとプノンペンとは思えないような中国企業が投資して立てたであろう
商業ビルも建っていた。川沿いのエリアも綺麗に整備されており、多くの観光客が
昼夜問わず歩きまわっている。水商売の女性らも多く飲み屋の前で客待ちをしている。
もちろん普通のバーやレストランも数多いし、ゲストハウスだって川沿いのエリア、172st周辺に
多く会った。これだけの人が夜も出歩けるような街になったんだな、と関心した。

川沿い

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それでも突如道端に現れる魚行商人の市場や氷売り、すれ違うと笑ってくれる子供や地元民。
バンコクなんかよりもよっぽど東南アジアらしさを感じられる場所だった。それは
まだこの国は貧しいからだろう。バンコクも以前はこのような感覚になる事が多かったが、
今ではほとんどない。もちろんタイの地方都市に行けば多少あるが、国が豊かになり、
人々の収入が増え、街が少しずつ綺麗になりインフラが整備され、物価が少しずつ上がって行けば、
人々の生活は確実に変わるし、若者達がお金を持つようになり、彼らの価値観は以前の人々と大きく変わる。
そうやってまだ今プノンペンで感じられるような東南アジアらしさが無くなって行くのだろうなと思った。
簡単に言えばそれが発展であり変化なのであろう。。。

氷売り

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まちのおやじたち

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プノンペンに来てよかったと思った。
懐かしい東南アジアの感覚を少しでも感じられたし、変化のまっただ中にある街だと言う事も感じられた。
日本人も現在は多く、日本人のための生活基盤もかなり作られているように感じた。
AEON MALLも建設予定らしい。カンボジアの発展と海外企業の進出がどのタイミングで目で見てわかる程急進するのか。

屋台も沢山あり、好物の麺の屋台も沢山会った。
カンボジアの麺は予想以上に美味しかった。それに麺の種類も多いので毎日食べられる。

もやし状の麺をいためたもの。

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プノンペンでは基本的に麺類しか食べなかった。
一回の食事で2杯食べる事もあった。観光に行く事に興味が無かったので
とにかく食べるか飲むかしていなかった。もしくは川沿いに出かけてそこいらのバーでビールを
飲見ながら本を読んでいた。wifiも基本的にどのお店でもある。

毎日4杯アンコールビール

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唯一行った観光地と言えばワットプノン。
プノンペンがここから始まったと何かで見たので、そこだけ行ってみる事にした。
といっても普通のお寺。お寺に来て思ったが、カンボジアも仏教国。
寺院内ではカンボジア伝統音楽の演奏もしており、少しだけ観光気分になった。

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まだまだ貧しいカンボジア。
自国通貨も弱いため結局何処でも米ドルだった。これから先、うまく発展して行くのだろうか。
物乞いの数はタイに比べれば遥かに多い。素朴で優しいカンボジア人。今度はホリデーで来よう。
そして田舎に行こう。

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シンガポールへ行ってきます。

続く

では、友人に会うためシンガポールへ行ってきます。

続く
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やって来ました11年ぶりのカンボジア。

2014年02月16日 10:51

                           13:04,2/11、シハヌークビル、カンボジア

さて、バンコクに戻ってからバンコクに5泊。
これと言って何をする訳でもなかったが、バンコクにいる友人と日々飯を食ったり飲んだりしていた。
今回は半年前に泊まったHi Sukhunvit hostelに4泊(350バーツ、ドミ)し、それからカオサン(NAT2)
に一泊した。何を言う事も無いごく普通の日々をバンコクで過ごす。といってもバンコク在住者しかしらないような
超ローカルのバーやクラブなどに連れて行ってもらった。何度もタイには来ているけど、あんなに
ローカル臭漂う場所は初めてだった。

バンコクに5日いたのはオーストラリアで仲良くなった友達を待っていたというのも会ったのだが、
彼はインフルエンザに苦しみキャンセル。楽しみにしていたが仕方ない。

友人も来なくなったので早速その翌日、バンコクにいるとお金の減りが異常だったのでカンボジアへ向かうことにした。
チケットはカオサンのお寺側のエージェントでイスラエル人経営の店が一番安かったのでそこでチケットを購入。
バンコクからシェムリアップまで200バーツ。Amazing World Travelという会社が運行している。
確か10年前は120バーツだったのを覚えている。

2/3、7:30ピックアップだったのでエージェントへ向かった。
が、ピックアップは待てども待てども来ず。結局1時間も待たされた。
ようやく来たマイクロバスには系4人の旅行者のみ。通常必ず満員なのにおかしいなと思ったが
気にせず3席使って爆睡してやった。

バスが安いのは国境手前でレストランに立ち寄り、そこでビザ申請の代行をするというためだった。
通りで。バスの中であったイギリス人に既にその事を言われていたので、どうしようか迷ったが、
もう面倒だったのでそのままそこに頼んだ。1200バーツ取られる。ちなみに国境だと20ドルなので
約10ドルも多く取られた事になる。わしのバックパッカー根性は一体何処へ行ってしまったのだろう。
イギリス人はと言うと、”俺は全部自分でやるから、また国境でな"、と行きそのレストランを立ち去って行った。
国境まではちゃんとここまで乗せて来たバスが乗せて行ってくれるようなので、別に安いからと言って
強制的にビザ代行を使わなくてもよい。わしもそう聞いたら、自分で言っても良いよと言われた。
イギリス人とはこの後会う事は無かった。

自分でビザを取るとかなり待たされるからビザ代行を使った方が早いよ、と言われていたが
なんだかんだで色々待たされ、結局自分でやっても変わらないんじゃないかと言う程遅くなった。

国境を越えて11年ぶりのカンボジアに入国。

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国境近くは大きなカジノ併設のホテルが何軒もある。
もはや記憶さえ無いが、11年前はもっとボロボロのトタン屋根の家がずらーっと立ち並び
汚いマーケットのような物があったのをかすかに覚えている。

国境を越えるとやはり不思議な気分にはまだなる。
すぐそこはタイなのに、国境を越えると言葉も違うし、タイと比べて人の表情も違う。
まだ貧しさがタイに比べて表面化していて、はっきりとわかる。

そこからバスに乗り、ポイペトのバスターミナルに連れていかれ、そこでまた車を乗り換えると言う。
よくわからなかったがそのバス停で降り、そこで10分程待機。バスの中で同行していたカンボジア人の
男がカンボジアについて軽く説明。
"ATMはありますが、カードが出てこないトラブルが多いです。
物を買うときもドルだと高くつくのでリエルに両替しておく事をお勧めします"、と説明した。

親切なガイドだな、と思ったが結局これもそのバスターミナルで両替させるための誘導だった。
バスターミナルには政府公認とかいう両替商があるのだが、後々シェムリアップでのレートと比べるとだいぶ悪かった。
1ドルで3800リエル。街は何処も1ドル4000リエル。そもそもリエルに両替する必要もなく、カンボジア全土で
米ドルが使えた。結局リエルに両替する必要は無かった。

シェムリアップについたのは20時頃。
国境からの道は聞いていた通り全て舗装されていた。かつてのぼこぼこ道を揺れに揺れながら走った
のが嘘みたいだ。シェムリアップしないに入ると巨大リゾートホテルが立ち並んでいた。
こんなに多くの巨大ホテルが本当に必要なのだろうか、そう思わざるを得なかった。

バスで一緒だったドイツ人のサイモンと気が合い、わしが行こうとしていた日本人宿に
一緒に行く事になった。バスを降りて、トゥクトゥクを拾った。

本日の宿:YAMATO GUEST HOUSE
ドミトリーが2ドルと聞いたので来てみた。
サイモンと部屋をシェアする事になりツインルームで3泊。1部屋8ドル。
シャワートイレやタオルやら水やら、一人4ドルしか払っていない割にはお得な感じだった。
wifiも電波は悪いがあるし、スタッフの多くが日本語を話す。レストランでは2ドルでそばや
かつどんが食べらる。結局毎日そこで食べた。あっ、カンボジア産の納豆は75セント、粘り気は
無いがうまかった。ざるそばとビールと一緒に。

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アンコールワットには行くかどうか迷った。
11年前に行っていたし、観光客で混雑しているのが気になった、、、が、結局行ったw

シェムリアップでの3日間はほぼサイモンと街を歩いたり、飯を食ったり、アンコールワットに
行ったりして全く退屈しなかった。出会いと言うのは自分から話しかけなければ生まれない訳でもない。
何となく、仲良くなることが良くあるからそういうときは楽しい。
一人では何をしていてもやはりつまらん今日この頃だ。

シェムリアップの街はもはやカオサン以上。後日地球の歩き方があったので見てみたが
シェムリアップの地図が凄くて驚いた。。。ちなみに英語ではSiem Reap、シェムリープと発音する人が多い。
中心部にはPUBストリートと呼ばれる通りにはPUBがひしめき合い、おかまのたちんぼが声をかけて来たり
子供が物乞いをして来たり、バイクタクシーの運ちゃんが何度断っても声をかけてくる。
何処も彼処も変わってしまっているなと思っていたが、幸いオールドマーケットは10年前の面影を
残しているような気がした。

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サイモンはマーケットの売り子と会話を楽しんでいた。
ピーナッツの値段ばかり聞くのは何故だ?

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ちなみにサイモンはかなり良く寝るドイツ人で、アンコールワットに行くために8時に起きようと
言い出したのにも関わらず、結局起きたのは11時。わしが良くやる行動パターンだったため、
わしも負けずに11時まで寝た。そして起きてすぐに筋トレを始め、Do you wanna join me?と聞いてくる。
朝飯ももう宿の下の日本食でいいか?と聞くと、いつもオッケーだよ、と言うので楽だった。

アンコールワットへは当初自転車で行こうと言っていたのだが、それも結局、
"トゥクトゥクでいいんじゃね?"となり、
10ドルでアンコールワットとタプロム、バイヨンなどをまわってもらった。
トゥクトゥクに乗りながら、自転車でアンコールワットに向かう旅行者を追い越す際、毎度
嬉しそうにこちらを見てくるサイモン。"we made a right choice( : "と誇らしげに言っていた。
それにしてもアンコールワットには凄まじい数の中国人で埋め尽くされていた。
暑さのせいかトゥクトゥクで観光したのにも関わらず疲れてしまった。
サイモンとはたった3日一緒にいただけだったが、気を使わせないいい奴だった。

アンコールワット、バイヨン

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アンコールワット

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シェムリアップには結局4泊。わしの移動前日にサイモンはバンコクへと戻って行った。
彼はこの後、高雄にある大学で経済の勉強を6ヶ月するらしく、日本にも来ると言っていたのでまた会うだろう。

次はシェムリアップを19:30に出発するバスに乗り、今度はシハヌークビルへ向かう。
シェムリアップ~シハヌークビル 夜行バス16ドル。一日夜行が4便あった。
バスは大型バスで席ではなく、フラットシートの様になっていた。中国を思い出す。

快適に眠れると期待していたが、隣のおっさん速攻鼾をかき始める。変な期待はする物ではない。
6時半にはシハヌークビルにつくと聞いていたが、出発の遅れや途中のバス故障などのせいで
到着したのは11時だった。可能な限りひたすら寝た。

本来ここからそのまま目的地であるロン島へ行こうと思ったが、夜行バスの後だったので
取りあえず1泊し、翌日行く事にした。と言う訳で宿探し。どうやらハイシーズンで安い宿は一杯。
一泊2ドルのドミトリーを見せてもらったが、さすが2ドル。まるで富士山の山小屋状態。欧米人特有の
匂い。わしも歳を取ったもんだ。うじゃうじゃと起きたての欧米人がいるそのドミトリーを見て他を探す事にした。
結局見つけたのが9ドルの個室。

本日の宿:Suvanapun Guest house
1泊9ドル。トイレシャワー付き、何故か歯ブラシも。
Free wifi、タオルあり。進める理由も無い。至って普通の宿。

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シハヌークビルについてはよくわからないが、そのエリアはオーチティルビーチというビーチが
あるエリアだった。せっかくなのでふらふらと歩いてみたが、カンボジアに来て思ったのは
カンボジアの主要都市はほぼホリデー向けの街だと言う事だった。泥臭い旅人が旅をする雰囲気は
こういった都市部にはあまりないのかもしれないと思ったが、それはただの情報不足なんだろうか。
むしろタイの中都市に行った方がよっぽど地元を感じられるなと思った。仕事に疲れ、休暇で来るには
カンボジアは最高かもしれない。物価も安いし、旅もし易い。人々もタイに比べればすれてない。
そんな事を言うわしは完全に旅に疲れている。そう思って仕方がない。

シハヌークビルにもいくつかの日本食屋があった。
ハッピーピザを置く店もある。海はあまり綺麗ではないが欧米人はビーチで寝転がりながらホリデーを満喫している。
まぁ、それなりの街であった。

シハヌークビルのビーチ沿いにはバーが立ち並んでいた。

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翌日目的地であるロン島に向かった。

シハヌークビル~Koh Rong(ロン島)
スピードボート15ドル(8:30,14:30発、45分)スローボートは10ドル、所要2時間。

行きはスピードボートに乗る事にした。
チケットは街のエージェントで購入可能。船で45分。あっという間に島に到着。

ロン島はカオサンで会ったドイツ人に勧められて来たのだが、
降り立ってみると、意外にも多くのバンガローやゲストハウスがあった。
とりあえずそのドイツ人に勧められたMr. Hainsという人の宿に行って見たが、あいにく
二人部屋しか空いておらず、別の宿にした。Dream catch innというゲストハウスの裏にある
小さな宿だったが、ここでも1泊15ドルした。とにかく今はシーズンのため、安い所やドミは
殆ど埋まっていた。

殆どのゲストハウスやバンガローが欧米人によって管理されていた。
現金を扱う仕事なども同じように欧米人がしている。島には何とも言えない雰囲気が流れていた。
特に夜はノスタルジック。白熱電灯の明かりが何とも言えない。
砂の道を裸足で走り回るカンボジアの子供達や、酒を飲みながら
楽しそうに話すカンボジア人の男達。ラーメンをすすりながらぼーっとしているヒッピー風の欧米人や
完全に決まってしまっている欧米人カップルなどを見かける。予想以上にツーリストは多かったが、それでも
地元のカンボジア人も多くいたし、欧米人が観光基盤を整える事でその島を裕福にしているのだな、と思える島だった。
それが良いのか悪いのかは知らない。美しい島をお金に換えるため要領のわかっている欧米人と協力しているように見えた。


島の物価はヌードルスープが1ドル、フライドライスが2ドル、ゲストハウスはドミトリーが6~7ドル、
貸しテントが5ドル、安いプライベートルームが15ドル程。ビールは1ドル、シーフードバーベキューは
4ドル程度だった。それにしても宿が少し高すぎた。
インターネットはどのレストランでも殆どあった。銀行やATMは無いので現金が必ず必要。
島内はバイクも走っていない。電気はソーラーだったが、基本夜通し使えた。停電はしばしば。

何だか秘密基地作りから始まったようなこの島の夜。
話し相手さえいれば何日でも居たいような島だった。

ロン島の昼

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ロン島の夜

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結局2泊だけし、シハヌークビルに戻った。
米ドルが少なくなって来たので今回は出来るだけ安い所に泊まりたかった。
少し探してみると、The Led Zephyrという所のドミが4ドルだったのでそこに泊まる事にした。
前の2ドルのドミに比べれば遥かに綺麗だった。

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そして一日何をする訳でもなく、シハヌークビルでビールを飲んで明日になるのを待った。
そして翌日、マイクロバスでプノンペンへと向かった。(10ドル、車内でWifi使える、4時間)

続く


Update


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