--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

旅の終わりのご挨拶。

2014年04月20日 22:27

前のブログを書いたシンガポールの後、わしはインドネシアのバリ島と、ロンボク島、ギリを巡り、
その後ネパールに行きアンナプルナトレッキングをした後、3/24日本に戻った。
既に日本に戻って一ヶ月を迎えようとしている。日本に帰って来た!と言う感動を伝え、旅の終わりを報告するには
少し遅くなりすぎたが、旅の終わりをここに記すことにする。

思えば2010年の初め、社会人5年目を迎える頃に30歳になる手前
この先をどうするのかを真剣に考えるようになった。その頃、企業で働くという事に何の不満も無いどころか
むしろこのまま経営の勉強をして出世してやるとさえ考えていた。しかし同時に当時の英語力や対話力などには
不満もあった。海外の大学でマスターを取る事も考えたが、そこまでお金に余裕も無かった。

そして決めた世界一周。
1年半の予定で日本を出たが、結局倍の3年という月日を海外で過ごすこととなった。

訪れた国は全部で86カ国。旅前に行った国を合わせると、100カ国。
でもそれを聞いて、何になるんだろうか。
ただやはり歳を取っては中々出来ない経験をまだ体も心も腐りきっていない3年前に始められた事は
良かったと思う。もちろん何歳になっても旅は出来る。ただまだ若いうちに行く事でその旅で
経験した事を今後の人生に活かすという意味では、やはり若いうちに行った方が良いのかもしれない。

世界を旅していると、同じ人間など一人も居ないと言うのを改めて感じた。
みんなそれぞれの考え方やそれぞれの生活環境、収入、家族、そして価値観を持っていた。
人生はこうあるべき、そういう固定観念を持っている人は滅多に会う事が無かったし、
殆どの人が(旅人もそう出ない現地の人も)、君はそういう生き方を出来ているんだから
そのまま楽しめば良いんだよ、と良いながら認めてくれた。結局はどんな人生、生き方であっても
自分が納得出来るものであれば、それがどんなものであっても良いのではないか、と言う事だった。

自分が納得出来る人生。

それは人それぞれだし、自分の考え方次第でどんなものにでもなる。
ハードルを上げて、それをクリアして行く人生も面白いし、自分の置かれた状況を受け止めて
その中でやれる事をやって行くのだって面白い。外部の影響はもちろんあるけど、大体の事は
自分の頭の中でコントロール出来るのだと言う風に考えられるのだと思う。ただ一つ、自分で
コントロール出来ないもの、これは恋だ。

旅中に色々した出会い。
その中でもわしに大きく影響した出会いはアメリカでしたホームステイ先の
DedeとMichalだった。特にホストマザーであったDedeの底抜けの明るさと鋭い視線。

"思っている事は全てわたしに言いなさい、どんなことでもいいから。今ユウスケは何かを
思っているけどそれを口に出来ていないでしょ?そうなりたいから海外にでてきたんでしょ?"

ホームステイを初めて早々にそんな事を言われた。
あ、この人にはわしが考える事は言わんでもわかってるのかな、そう思わされた。
それから3ヶ月、毎日話をし、泣いたり笑ったり飲んだり吸ったり、そういう生活をする事が出来た。
Be honest with yourself. それがその家族からのメッセージだった。

それとアフリカのオーバーランドで出会ったオージーとの出会い。
世の中にこんなに素晴らしい男がいるのか、そう思った。何よりモンティは
全てを楽しんでいた。それに周りにいる人々のケアを欠かさずに、且つ自然にしていた。
アフリカで会った1年半後、わしがオーストラリアに行ったときも、わしの事を気にかけてくれ
週末になると電話をくれ、誘ってくれたし、クリスマスにはファミリーパーティーにも招待してくれた。
人を思いやる事、自然にモンティからはそういう事を感じ取った。

人を思いやりながら、自分に自信を持って生きればわしは満足な人生をおくれるのではないか、
旅をしているうちに本当にそう思うようになった。今日はスーパーにいたおばあさんが困っていたので
手を貸した所、本当に親切だね〜と、言われた。が、そんな大した事をした訳ではない。
日本は親切さや優しさ、人を思う気持ちが足りないのか?と、丁度思った所だった。

旅を長くすれば良いと言うものでもない。
ただ旅が長くなったが故に点と点がつながった先に待っていた出会いと言うのもあった。
そういう出会いは本当にかけがえの無いものだと思う。そして今はそれを大きく感じている。

3年離れた後に改めてわしの目に映る日本。
意外と普通だった。でも街でお辞儀をぺこぺこする人や、すみませんと謝る人を見ると
何でそんなに!と思う事はあるし、セレクトショップに行った時に、店員がしゃいませ〜、と
低い声で連呼する姿を見ると苦笑もしてしまう。

3年ぶりに帰った実家。ばーちゃんのぼけが進行していた。
家庭はあまり安定した状態ではない。それも仕方ない。

さてこれからわしは一体どうするのだろう。
中途半端に残った貯金。無いよりはマシなのだが、ちょいと中途半端だ。
はっきり言って野望なども無い。現実的にとりあえず2、3年働いて、通訳ガイドにでも
なるか、その程度である。ただわしは何処でも行ける。自由であるという風に思いながら
どんな環境にいても生きる事が出来る気がする。そう思える事が、わしの一番の強みであるのだと思う。

とにかくわしは無事だ。
無事で何よりであった。
助けてくれて方、読んでくれた方、ありがとうございました〜! 

blog5DSC_8474_20140420222633515.jpg


                                      22:06, 4/20, 2014、 祐輔
スポンサーサイト


Update


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。