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サマルカンドの西へ。 サマルカンド〜ブハラ

2012年10月27日 22:05

                            17:49,10/27、タシュケント、ウズベキスタン

しまった!気付いたら明日31になってまう!w
旅に出て二度目の誕生日。明日は間違いなく移動の一日となり、セルフ祝いさえもできなさそう。
まぁ、いいやっ!w


10/22、翌日、八時に起床し朝食を食べた後、九時過ぎにブハラと言う町へ
韓国人二名と日本人の女の子と向かった。タクシーでまずバスターミナルへ行き、そこでブハラ行のシェアタクシーの交渉。

これがまた、時間がかかった。。。

シェアタクシーのドライバーはまた最初に相場とはかけ離れた料金を言って来た。
今回の交渉は韓国人がメインでしていたので横からみていた。彼が宿で聞いたところ、相場は一台100000スム、約3000円程。、交渉が続く中、どのドライバーも110000からなかなか引き下がらない。

一方バスの相場は10000スム。こちらも最初の言い値の15000以降安くなら無かった。。

結局シェアタクシー行く事に決まった。値下げがあんまりうまい事いかなかった事に韓国人は納得いかない様子。値段的にはバスの方が安いのに何でタクシーの方がよかったのか聞いてみると、タクシーのレギュラープライスが一台あたり100000スムでバスは10000スム、なのでタクシーのほうがレギュラープライスに近いからそちらのほうが料金的に正しい、そう言うのだ。

変わった考え方をするものだ。でもバスの方が実際払う額は安いからバスの方が良いんじゃないの?と聞くと、
お金の問題じゃないんだよ!と言っていた。もはや頑固なだけ??w 

そしてタクシーに乗り込み約4時間、ブハラのバスターミナルに到着。
すると韓国人がバスターミナルでは無くホテルに連れて行くと言う話だったとドライバーに言い出した。
ドライバーは英語がわからない様ため、その韓国人は今から行く宿の人に電話をし、事情を説明。
結局ブハラまでのタクシー料金から宿までのタクシーをマイナスしてもらう事になった。
その韓国人はどうしても自分が思う様にしないと気が済まないらしい。そして見ていて地元の人々への尊敬の念やお互い気持ちよくやり取りをしよう、そう思う気持ちが掛けていると思った。わしらには良い人なのに。。

本日の宿 : Rustam-Zuxro B&B
116 B Nakshband Buhara ( Tel +998 65 224 30 80)
ドミで1泊8ドル。朝食は別途2ドル。
Free Wifi(夜の10くらいになると切れる)、ドミにはシャワートイレがあったがお湯はあまり
あったかくなかった。宿のおばさんは英語を話す。キッチンは無い。場所はラビハウズという
町の中心部の池から歩いて直ぐ。写真取り忘れた。。


チェックイン後、お腹が空いていたので何か食べに行こうとすると韓国人の二人は辛ラーメンを取り出し早々に昼食をとり始めた。宿近くのレストランでビーマンの肉詰めの様なものを注文。美味しかった。店員の若いお姉さんもがかなり美人だった。

blog3DSC_5861.jpg


ブハラの町はサマルカンドとは雰囲気が違い、町の色合いは薄茶色、土産物屋やバザールモスクなどの見所も中心部にひしめき合っていた。宿からブハラのシンボルであるカラーン・ミナレットまで歩くと途中はバザールの様になっており、有名なコウノトリのハサミやスザニと呼ばれる手縫いの刺繍がある布地などが売られており、サマルカンドよりも楽しいなと思った。最近あまり買い物もしてなかったのでスザニを二つ購入。二十年前に作られたものの様で少しシミがあったが気にせず買ってしまった。

絨毯屋。

blog3DSC_5909.jpg

カラーンミナレットとカラーンモスク。

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地球の歩き方の説明では、チンギスハーンが征服に来た際このミナレットをみて、"この塔は私に頭を下げさせた立派な塔だから壊してはいけないと言った伝説があると書いてある。チンギスハーンもこれを見たのか、旅はまさにシルクロード真っ只中だw

歩くおじさん。

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アルク城。

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日暮れも早く、六時頃には暗くなり始める。
この日の夜は四人でブハラの地ビール、AZIAか唯一生で飲めるドロンと言うレストランへ皆で。
やっぱり生ビールは上手い。居酒屋気分。

blog3DSC_5914.jpg


久々にチキンのケバブを、注文。ウズベキスタンに来てからはほぼ外食(と言ってもラグマンが殆ど)なので何だか贅沢な気分。ほろ酔いで宿に戻り、もう一本だけ瓶ビール。ビールは中瓶が100円程。ビールを飲んでいると韓国人が日本人の子を真剣に口説き始めたw ま、放って置こう。


翌日はゆっくり。よく寝た。
昨日観光を終えているので今日は特に何もしないと決めると何だか穏やかな気分になる。
昼過ぎに今後のビザなどのためになくなっていた顔写真を寝起きの顔で取りに行ったり、郵便局で送料を調べに行ったりした、。

郵便局のおばちゃんは残念ながら英語を話さないため関税の用紙を貰ったものの何をどこに書けば良いのかわからなかった。しかもその用紙がフランス語とロシア語。ここに何を書くのかと聞いても一切わからなかったので宿に戻り聞く事にした。

しかし、ブハラもこうやって歩いて見ると中心部は本当に綺麗に整備されている。
一緒にいた日本人の子がディズニーシーみたい!と言っていたけど、確かにそれ位綺麗で、
作られた感が多少ある。日本で言う昭和村とか明治村のようなテーマパークに少し人々の生活感を混ぜたような町だと思った。一通り用事と少しばかりのお土産を買った後宿に戻った。

宿泊者にフランス人がいると宿の人に聞いたので、彼らの帰りを待っていた。
すると一人のフランス人女性が帰ってきたので用紙のフランス語を教えて欲しいと言うと、快く了解してくれた。お陰で記入が完了。明日また郵便局へ行かねば。

夕方になると韓国人二人が宿を出発しようとしていた。
スカイはタジキスタンビザを早くもらえるようにするため、タシュケントに戻り、
インビテーションを発行してもらう事にしたらしい。彼とは今後のルートがよく似ているのでまたどこか出会うだろう。もう一人のスンも来年スリランカに行くそうで、時期がかぶる。また彼にも合うかもしれない。彼らを見送った後、昨日のお昼に行った看板娘のいるお店へ。

やっぱり看板娘がいる様なお店に行くとついつい飲んでしまう。
酒が飲める国では毎日飲んでしまう。イランにいた時は本当に、一本も飲めなかったのが信じられない。
ベッドに戻り横たわっていると歯磨きもせず眠ってしまっていた。


10/24、
朝、宿で二ドルの朝食を食べ、両替をしに行った。
その後トルコやウズベキスタンで買った少しばかりのお土産やビールのラベルなどを送るため郵便局にリベンジ。郵便局のおばちゃんは相変わらずもくもくと仕事をしていた。もう一度用紙を貰い、関税の書類を記入。
そして白い布の袋にわしの荷物を入れ、手で縫って塞いでくれた。さすがスザニの国。裁縫上手。

昨日の重さを測ったら2960gだったのに何故か今日測ると3020gになっていた。
これをみたおばちゃん、何かいれたのあんた?折角三キロいないだったのにこれじゃ~値段が上がっちゃうよ!と言ってきた。確かに三キロになると約四ドルほど値段が上がった。何もいれた記憶が無いのに不思議なもんだ。

結局送料は43000ソム、約1300円だった。安いもんだ。郵送を終え、宿に戻り宿の子とヒバと言うトルクメニスタン国境近くの町へ向かうため、バスターミナルに移動。少し出発が遅くなってしまったがとりあえず到着した時と同じバスターミナルに到着した。

ちなみにウズベキスタンはちなみに交通機関の交渉が面倒。こんな交渉をするのは西アフリカ以来。
タクシーや乗り合いタクシー、はたまたバスにおいても最初はかなり高い料金で言ってくる。
お土産屋においても観光客が多いせいか、クッションカバー出さえ25$で始まる。
ハンドメイドと強調をしてくるが、二つで25$になったり、はたまた一つ5$になったり。
物にはよるけどかなりめちゃくちゃな値段設定である。

そしてバスターミナルにつき、交渉会社。
本来ヒバまでバスで行く場合、ここからウルゲンチと言う町まで行き、そこからシェアタクシーに乗るのが一般的だそう。バスに乗るためにはタシュケントから来るバスを道路で待って、来たらそれを止める、とロンプラには書いてあった。

ただ出発が郵便局に言ったせいで遅れてしまい、バスはもう無いらしく、行くのであればシェアタクシーで行くしかなかった。料金を聞いて見ると、一台100$という奴があらわれた。そんなあほな。これは時間がかかりそう。

とりあえず寄って来たドライバーに手当り次第聞き続けた。少し先に大型バスが止まっていたのでどこに行くのか聞いて見るとヌクスと言うウルゲンチよりもさらに奥の町に行くと言うのでウルゲンチで降りたらいくらか聞くと、それでも一人40000と言う。確かに移動時間は七時間程あるので今までよりは高いと思うがバスで40000はお互い。戻ってみるとタクシーが60000まで下がっていたのでそのまま交渉を続けると、最終的に一人45000になったのでそれで行く事にした。

車は新車でまだシートにビニールがかかっていた。車はほぼ休憩する事なく走り続けた。
途中、いくつかの区間で悪路があったため、かなり時間がかかっていた。現在はヒバまで幹線道路を建設中だったので数年後にはもう少しアクセスが良くなるだろう。

ヒバへ続く。
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