--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

せっかくなので行っちゃいましょうバリ島へ! クアラルンプール〜バリ

2013年02月01日 03:00

                            13:04,1/31、クアラルンプール空港、マレーシア

1/25、わしとツネを乗せたAIR ASIAは、19時過ぎ無事バリの空港に到着。
クタ近くの宿を予約してあったので空港から声をかけて来たタクシーを値切り、それで
ホテルへ向かった。後で気付いたのだが、空港にはオフィシャルのタクシーカウンターがあったらしい。
わしらは80000ルピー払った。10000ルピーがざっと100円程。

そうそう、入国時アライバルビザの取得が必要。
ビザと言っても入国税のような感覚。25USDをカウンターで支払いステッカーをパスポートに貼ってもらった。
支払いはドル、円、ユーロ、バーツ、クレジットカード(+3%)と殆どのメジャー通貨が使用できる。

タクシーでホテルまでは30分程。
この旅のインドネシアの印象は、バイクが多い!
タクシーから外を眺めていたが四方八方バイクがびゅんびゅん。
なんだか元気がいい。

本日の宿:HOTEL THE SUNSET
エクスペディアで安めのホテルを予約。1泊ツインで1部屋税込み3000円。
FREE WIFIは部屋でも使え、他に必要なものは殆どあった。冷蔵庫、湯沸かし器、タオル、
シャンプー、ドライヤー、金庫、エアコン、ミネラルウォーターなどなど。快適だった。
部屋には入り口とは別にドアがあり、そこを開けるとプールが目の前にあった。

プール。ちょっとぶれちゃってますが、、、。
blog5DSC_5067.jpg

部屋。
blog5DSC_5069.jpg

洗濯物に覆われる2日目の部屋。
blog5DSC_5071.jpg


ホテルで少し落ち着くとすでに21時過ぎ。
おなかもすいていたので近くに屋台探しに出かけた。
ついでにクタのメインストリートを歩いた。

宿の近くにはまさにローカルな屋台があった。
ナシゴレンも10000ルピー。これなら安い。
しかもテーブル席とは別に、地べた席なるものがあったので地べたに座りナシゴレンを食した。
少し懐かしい気分になったっし、下からまわりの風景や料理をする人々を見ていると不思議と落ち着いた。

クタのメインストリートは思ったよりも閑散としていた。
金曜日、今は雨季のためかそこまでにぎわいを見せていない様に見えた。
この日は顔のマッサージ30分、60000ルピーをし、繁華街のバーでビンタンビールを飲んで宿に戻った。

翌日、起きてビーチに出かける事にした。
自称サーファーのツネ。かねてからサーファーキャラをこつこつと作り上げてきた彼。
あくまでキャラ。実際にサーフィンはした事は無いのだが、そんな事はどうでもよい。
キャラが沢山ある人は単純に面白いのである。
何かに乗る時にはサーファーキャラが自然と登場する。

その前にミーゴレンアヤムを食べた。MEE 88という店だった。
タイのラーメンよりも甘さが無く、塩っ辛いせいか美味しい。

blog5DSC_5074.jpg


バリに前回来たのは4、5年前だったか。家族で年末旅行。たしかツアーで一人20万もした記憶がある。
あまり記憶が無い。クタに泊まったのは覚えている。

クタビーチに向かって歩くとバリらしいお寺発見。

blog5DSC_5078.jpg


イスラム教が国教のインドネシア。でもバリだけはヒンドゥー教がメイン。
ウィキってみると、

"バリ島では、クディリ朝の支配下に入った11世紀初めごろからヒンドゥー・ジャワ文化の影響が及び始め、
その後しばらくジャワの支配を離れるが、マジャパヒト(マジャパイト)王国がバリを征服した1343年以後、
16世紀初めにジャワのイスラム化によって同王国が滅亡するまでにヒンドゥー化が広く浸透した。
マジャパヒト王国滅亡時にジャワの貴族や僧侶が大挙してバリに亡命したためであり、現在のバリ人の大半はマジャパヒト王国民の末裔であると自負している。これ以降、20世紀初頭にオランダによって植民地化されるまで、バリは独自の歴史の歩み続け、バリ・ヒンドゥーの宇宙論を発展させた。"

だそうだ。

ビーチにつくと早速おじさんがサーフィンをしないか?と声をかけて来た。
さてさて、おいくらか聞いてみると一人インストラクター付きで1時間20USDもしくは200000ルピア。
ボードや水着などもすべて貸してくれるし、荷物もちゃんと見ていてくれるという。そして日本語が堪能だった。ここでやらなければ多分時間が無くなり、しない可能性があるとも思ったので、やってみることにした。
バリでのサーフィン体験はこれが2度目。

blog5DSC_5088.jpg

一番長いボードを使いインストラクターと共に海へ。
見たところ、海水浴を楽しんでいる旅行客は殆ど居ない。泳ぐには少し波が荒い。
サーフィンと言ってしまうと聞こえがとてもいいが、実際にやったことは、

インストラクターと海に入る→ボードの上にうつぶせになる→乗る波が来たらインストラクターが後ろからひょいっとボードを押してくれる→その勢いで立つ。

そんな流れだった。
それは全く難しい事ではなく、ボードも大きいため安定しているので1度目や2度目で立てる。
ツネも一度めで立ててた。故に楽しいのである。

ただその1時間中は、休憩する事無くひたすらそれの繰り返し。
あ~、もうしんどい~!なんて言ってもインストラクターは笑っているだけ。

"モイッカイ、コノナミダイジョブ"、と言ってはボードを押してくれ、再び波に乗ろうとする。

乗れる時もあればバランスを崩し海に放り出される事もある。
ボードの上にうつぶせになっている時間は心地よかった。

目の前から止めどなくこちら側に押し寄せる大小の波を見たり、目を閉じて強い日差しを肌で感じながら波の音を聞きながら、ボードの中心と体の中心のバランスを取る。サーフィンはやはりスピリチュアルな何かがあるのだと感じてしまった。そして1時間みっちり海で遊んだ。親友とこれからは堂々と、趣味はサーフィンと言えるw

blog5DSC_5086.jpg


サーフィンをした後疲れていたのでホテルで休んだ。
その後ツネのカナダ時代の友人が現在バリでウェディング関係の仕事をしていたため、連絡を取っていたので夜ご飯を一緒に食べる事になった。その友達の友達も何人か遊びにきているようで、夜の10時にクタのテロ跡地で待ち合わせをした。

その友人から電話がありもうすぐクタに到着すると言っているらしい。
時計を見るとまだ夜の8時半。だいぶ早いなと思いながらもクタに向かった。

15分程待っていると、どうやら道路の反対側に見える4人の女性がそのグループらしい。
もちろんわしは初対面なので誰も知らない。ツネとその友達は久々の再会。
こうして海外でまた再会できるのは良い事だ。

そのまま彼女の知っている安いインドネシア料理の店へ向かい楽しく食事が出来た。
みんな31歳で同い年。彼女らの出身は宮城で、リアルな地震の話も色々としてくれた。
こうして被災者の人と話すのは初めてだったかもしれない。
食事後宿でビールを飲み、気付くと寝ていた。
翌日はわしの大事なゲスト様が来るので空港へお迎えに上がらねば!

続く。
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://youmetraveling.blog28.fc2.com/tb.php/301-1bb461ec
    この記事へのトラックバック


    Update


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。