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仮) 始めてでも出来る海外トレッキング ヒマラヤ編 Day1 - 5

2013年04月12日 09:33

22:40,4/11、カトマンズ、ネパール

少し前の話になるけど、トレッキングの際のブログを更新。
24日間のトレッキング中毎日書いていたのでめちゃくちゃ長いけど、ネパールでのトレッキングに興味がある方に参考にして頂ければ幸いです。何せ山の夜は暇だった物で書き物をするのは最高の時間つぶしだった。

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ネパールに来てトレッキングをする人は多い。というか殆どの人が何らかのトレッキングを
するためにネパールに来ると言った方が良いのだろうか。
欧米人に比べ日本人のトレッキング率はやはり時間や予算などの制約もあるせいか少ないのだろうか。

ネパールに来るバックパッカーの多くがインドを経てネパールにやって来る。
その中でも多くの人がバラナシからスノウリという国境をバスで越えてくる。
旅中に何度も情報ノートや人から聞いた話で国境に行くと日本人を狙って強盗をしかけてくる
ジャイアンのようなインド人チンピラの話を何度も聞いたことがあった。
現在は逮捕されており陸路国境越えも問題ないと聞いた。
でも今回はリッチに飛行機でデリーからカトマンズへ。(Spice Jetで約8000ルピー)

今までにもトレッキングは何度かして来たが、本格的なものといえばベネズエラのロライマ山7日間とキリマンジャロ6日間くらいで、後は日帰りのものが多かった。ネパールに来る直前まではトレッキングをするつもりは全くなかったのだが、カトマンズにいるうちに、世界最高峰を少しでも近くからこの目で見てみたい、そう思うようになった。それからカトマンズで必要なものを購入する事から始まり、旅行会社巡り、トレッキング許可書取得などを始めることとなった。

【出発前の準備】
何度かトレッキングをしたこともあり、防水ジャケットやトレッキングシューズなどは既に持っていたが、それでも必要な物をリストにしてみると色々とあった。でも心配ない。カトマンドゥは登山用品が安くてに入り、品質も様々あるので自分の中予算に応じてほぼ全ての物が揃えられる。

自分がトレッキングの為に購入した物と言えば、

- マムートのインナー上下 2200ルピー
- 速乾シャツ 300ルピー
- 暇つぶし用の本 550ルピー
- ジリ(トレッキング開始の村)へのバスチケット 730ルピー
- 単三電池4つ 185ルピー
- ダイモックス(高山病薬)、10粒130ルピー。飲んだら三リットル水飲む必要があるとか。
- ウォーターピュリフィケーション 235ルピー
- スナックバー数本 一つ50ルピー程
- インスタントヌードル 15ルピーx2
- 油 145ルピー
- 鍋(cooking set) 900ルピー
- ガス缶 400ルピー
- 速乾タオル 300ルピー
-バーナートップ 800ルピー
- 耳当て 200ルピー
- ソフトシェルパンツ 1500ルピー
- 薄でパンツ 800ルピー
- レインカバー 200ルピー
- ノースフェイスの寝袋 5000ルピー
- 靴下 150ルピー
- 靴下 100ルピー
- 薄手のフリース 上下で600ルピー
- ダウンジャケット 4700ルピー
- 手袋 700ルピー
- カバン 1000ルピー
- マップ 250ルピー
- 日よけクリーム 380ルピー

以上。ざっと合計22,485ルピーも使ってしまった。山用に買った物もあればただ欲しくて山でも使えるし
日本でも全然使えるのでいいか、と言うものも多い。例えば寝袋や衣類は日本で登山に行ったときも使える。
もちろんすべてコピー商品。使い終わったら送ろうと思っていたので
結構買ってしまった。むしろ登山用品店巡りがカトマンズでの日課になってしまった。
楽しいのだとにかく。

トレッキングの鉄則は出来るだけ荷物を減らすことだと思った。ただやはり少しでも快適な物にしたい。
登山用品店を回ってみて必要な物が何か聞いてみるのもいいだろう。

それとトレッキングに必要な許可書と国立公園入場料。
今回ジリから歩く際に必要だったのは、TIMSという登録証(1775ルピー)とガウリシャンカー国立公園入域料(2000ルピー)、それとサガルマータ国立公園入域料(3000ルピー)の3つ。
Nepal Tourist boadで全て取得可能。徒歩でタメルから30分程。
約一時間程ですべての作業が終了した。

またトレッキングに行っている間にビザも切れてしまうので、ビザ延長もして来た。
ビザ延長15日で30USD、タメルから歩いて約30分の所にあるイミグレーションオフィスで即日発行。


【ガイドとポーター】
ガイドと言うのは選ぶのが本当に難しい。値段も色々だし、もちろん人柄やそのガイドの持つ知識も人それぞれ。信頼あるガイドを見つけるには信頼出来る旅行会社を探すのが手っ取り早いと言うが、実際そうなるとちゃんとした旅行会社を探さなければならない。いくつか信用の出来る日本語が通じる旅行会社がカトマンズにはあった。友人はアティティツアーという所に行っていたし、わしはシンハルツアーというところで航空券などを買った。
が、何から何まで旅行会社に頼むとなると、その分コストも上がる。

ガイドはもちろん現地でも雇うことが可能。
ルクラやナムチェでも沢山の"ガイドやポーター手配します"、の看板を見かけたし、小さな村でも
レストランのおばちゃんに聞いてみれば知り合いに電話して誰頭がやってくる。料金は
現地で調達した方が安いが質はよくわからない。個人的には現地で問題ないなと思った。

旅行会社を通した場合の料金を見積って貰った所、ジリからゴーキョピークまで行きルクラから飛行機でカトマンドゥへ戻る16日間トレッキングコースの総費用が約600USDだった。

ガイド20$ per day x 16day = 320$
飛行機片道 140$
ガイドの飛行機片道 70$
ジリまでのバス 10$
許可書などの代行 80$
宿や食事代、チップは含まれていない。

聞いた旅行会社は親切な所だったが、その値段を聞いてやはり高いと思った。
費用の半分以上がガイドの費用。費用を下げようと思えばガイドを無くすのが手っ取り早い、真っ先にそう思ったが単独で何日間も山を歩いた経験が無いのでやはり不安はあった。
その不安をついてくる旅行会社も多い。

"ガイドが居ない時に何かあったら誰が面倒をみるのか?"

"ガイドを現地手配する事は出来るが、カトマンズで手配するよりも割高になるから結局一緒だ!"

旅行会社は丁寧にそう言う事を良い、手配をさせようとする。もちろんそれはごもっともなのだが。

予算はあるが日本からのツアーだと高すぎる、という人は全て現地手配でも全く問題ないし、日本から事前にメールなどで問合せや手配などの段取りも簡単に出来る。ちなみに日本からトレッキングメインの団体ツアーの料金を見てみると、なんと、、、、。流石に学生が払おうと思う値段では無い。

自分で行けるだろう!と思う人は自分で行けると思うし、不安な人は不安なのだから
ガイドを付ければ良いと思う。ただトレッキングをしていて思ったのだが、ガイドやポーターを
付けていない人は他のガイドやポーターを付けていない人と仲良くなる傾向があった。
"付けている人"と"付けていない人"の間には微妙な境界線のような物があった気がする。
一人で歩いている、そういう人たちの仲に混ざっているのはとても楽しい物だった。


【3/14】

6時15分起床。
昨晩ベッドに張ったのが2時過ぎだったのにも関わらず良く起きられた、それもアラームより早く。
約10泊したこの愛着のあるホーリーランドゲストハウスのベッドにもう少し沈んでいたかったが、
今日はそういう訳には行かないのだ。体を起こし荷物を片付け、宿の荷物置き場にそれを預ける。

親友も既に起きていた。
は約3ヶ月、二年ぶりの再会をバンコクで果たした後、タイ、マレーシア、インドネシア、インド、ネパールの5カ国をともに旅した。3ヶ月共に旅をしただけに、これからまた一人になると思うともちろん寂しくもあったが、こうして3ヶ月旅を出来たのだから、と自分に言い聞かせた。

3ヶ月とは思えない程、時間はあっという間に過ぎ別れの時。
宿の前で別れのハグをし、わしはバス停に向かって歩き出した。次会うのはわしが日本に帰ったときだろう。

前日買ったジリ行きのバスのチケットは想像していたボロボロのバスではなく、綺麗なマイクロバスだったので何だかほっとした。7時32分、バスは走り出した。予定通り。

眠たかったので出来るだけ寝てやろうと思いすぐに目を閉じたが揺れに揺れて
なかなか眠れない。気付くと先日来たドゥリケルに到着していた。8時52分だった。
途中何度かバスを止め、休憩をしたり客を拾ったりしていた。

バスはそのまま走りCharikotという町に到着した。
標高が上がったせいか空気が少し冷たくなっている。山に向かっているのを感じ
嬉しさと不安が入り乱れた。本当に一人でエベレストベースキャンプまでたどり着けるのだろうか。

その町では羊を引っ張るおじさんやチベット僧、若者達でにぎわいを見せていた。
ネパールでは田舎であっても若者や子供が多いのが目につく。

バスのドライバーは終始誰かしらと話をしており、本来大型バスよりも早く着くはずなのに
どんどんと追い抜かれている。

うねうねの山道を走ったせいか乗客の一人が吐いてしまい、少しバスを止める事となった。
この辺りの標高は2000m程。標高が上がって行くと言うのは気分がいい。

車を進ませチェックポイントで名前などを記入し、ジリ(1995m)には16時前に到着した。
乗客の中に一人フランス人が居たので、バスを降りたタイミングで軽く会話をし
なんなら同じ宿でいいじゃないか、と言う事になった。宿はサガルマータという名前だった。
サガルマータとはネパール語でエベレストを指す。

ジリの町はメインストリート沿いに店が並ぶ小さな町。

blog5DSC_7165.jpg

思ったよりも人が多かった。かつてはここをトレッキングの開始地点としていた
人が多かったそうだが、現在は飛行機でルクラまで行く人が殆ど。
カトマンズからは次のシバラヤという村までバスがあるため、そこまでバスで行ってしまう人も多く
ジリの宿はガラガラだった。

ジリの宿。意外と清潔なのだ。1泊150ルピー。

blog5DSC_7161.jpg


宿は想像以上に清潔でスタッフも親切。
カトマンズの様に計画停電をしておらず電気も安定していた。

先ほどのフランス人はジョンジャックという名前だった。
現在62歳で2年前にリタイアをしたらしい。40年近くエアフランスで勤務していたのだと。

ジョンジャックと明日のトレッキング開始地点の下見をし、宿で紅茶をすすり
夕食までの時間を過ごした。メニューにはスパゲッティーなどもあり、それを注文する事にした。
歩く前はパスタを食べて体力を保存しておかなければ。

しかしフランス人は話好き。
自分は聞くのが好きな方なのだが、こりゃまたよく話す。
二時間程ゆっくりと話をしながら夕食を食べ、10時前に部屋に戻った。
今日はカトマンズで購入したノースフェイスのフェイクの寝袋を使って寝よう。

【3/14の出費】
タメル~バスパークのタクシー 150
ジリへのバス 730
紅茶 15
ジリの宿(シングル) 150ルピー
夕食(パスタ) 230
紅茶 25
ビール 200
水 30
インターネット 20

トータル 1550ルピー


【3/15】

現在標高2700m、ジリから一気に上がってきた。
トレッキング一日目にしては少しハードだったかも知れないが、Deuraliに到着した時の喜びと
爽快感は素晴らしかった。

今日は6時5分に起床した。寝る前に起きたら部屋をノックし合おうと言ってあり、ジョンが部屋をノックしてくれた。全く人任せなものだなと思いながら少し明るくなり始めた外の景色を眺める。こんなに早起きをしたのは久しぶりで気持ちが良かった。宿のレストランでパンケーキの朝食を取った。

出発は予定通りの7時30分。トレッキング初日だけあって高揚していた。
まずはシバラヤという村を目指して歩く。本来ならシバラヤまではバスでいけるのだが、ジリからシバラヤ行のバスはなく、シバラヤに行く場合はカトマンズからバスに乗る必要がある。ジリからバスに乗るつもりでいたが、それを知らなかったため、ジョンと一緒に歩いて行く事にした。誰か一緒に歩く人がいればいいなと思っていたのでラッキーだった。シバラヤまでの所要時間目安は三時間。

シバラヤまでは最初登りニ時間、その後下り一時間だった。
登りはそこまで急ではなく気持ち良く歩ける。
ただ13-14kgのバックパックを持ってトレッキングをしたことがなかったので、最初は重く感じた。
歩いているうちに少しずつ慣れてくる。

二時間の登りが終わり、下り始めると花や木々の色が鮮やかになりとてもきれいだった。
そして早速棚田の奥にヒマラヤ山脈が姿を現す。ジョンはその山の一つがエベレストだ、と言っていたが本当かどうかはわからない。でもいずれにしよそれは意外にも近くにそびえ立ち、美しく、ここがゴールだよ、と歩いている我々を手招きをしているようだった。

今日のルートでは小さな商店や民間、学校などが点在しており、地元の人々とも簡単なコミュニケーションが取れた。カトマンズで簡単なネパール語で話しかけたことがあったが、それに対する反応が英語の時と全く違ったので面白かった。なのでネパール語で簡単な会話をしてみようと思ったが、意外にも皆英語を話すではないか。
ネパールの英語教育が一体どうなっているのか。外国人観光客の多い国の人は英語を自然と話すようになるのだろうか。

シバラヤまでの道はウォーミングアップとしてはなかなかと思いながら歩いていたが、やはり重い荷物を持って歩くのはきついと思い始める。最小限の荷物で来たつもりだったが出来れば後2kg程減らしたい気分だった。シバラヤ(1770m)には11時到着。ガイドブックの目安時間よりも30分多い三時間半かかった。際立って危険な場所はなかったが、道幅が狭く落ちてしまうと結構下まで落ちてしまうようなところもあった。

シバラヤは小さい村だがゲストハウス兼レストランがが6,7軒あった。見たところ閑散としており、どこもお客が居ないように見えた。 丁度昼前だったので村の入り口にあるRiver guest houseで昼食を取ることにした。ここは一泊100ルピーとかなり安い。ダルバードというネパールのターリーを注文した。カトマンズではほぼ日本食だったので、ダルバードを食べるのはこの旅では初めてだったが、味はとても良かった。

ダルバード、通常1回おかわり無料。

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座っているとわしがスティック代わり拾った竹の棒を見てか、レストランの人が木の杖を見せて来た。これの方がいいんじゃない?と言ってくれ、ハウマッチと聞いて見ると、フリー、と笑っていた。竹の棒で不自由していなかったので、サンキューと言っておいた。

朝方は肌寒く長袖長ズボンだったが、シバラヤで半ズボンに着替えた。
昼になるにつれて日差しがかなり強くなってきた。

約一時間半程休憩をした後、2010年から義務付られたガウリシャンカーエリアの入域料のチェックを済ませ再出発。(後でわかったのだが、バンダールという村までも車で行く事が出来る。そしてそこからスタートする場合はこの入域料は実質不要なので、バンダールから始めるのが良いと思った)

次の目的地は今日の宿泊地でもあるDeurali。その町は山の上にあるため残念ながらシバラヤからはほぼ登り。
まだまだ体力には余裕があったので余裕だろうと思いながら急な階段で始まる道を歩き始めた。
ジョンは62歳には全く見えないし、歩きぶりもかなり若々しい。Deuraliまでのほとんどを先導してくれた。

休憩中。春。

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歩行中は会話も減りがちだったが、ジョンは屁をコンスタントにこいていた。
気圧のせいかと思っていたが、昨日の晩、彼が何を食べていたか思い出してみるとポテトを食べていた事に気付いてしまった。さすがはイモ。そりゃ屁もとまらないわけだ。会話がない場合はそんな事を一人でぶつぶつ言いながらくすくすと笑ってしまう。ひたすら登り続け二時間。休憩は五分程のものを二回取ったが、流石に登りが続いたせいか足腰が少しづつ疲労を訴え始める。

途中の景色。

blog5DSC_7206.jpg

その後も途中には同じように小さい村や商店があった。
人々は家の前で座ってお喋りをしたり、わしらを見つめたりしたり、羊を捌いたりしていた。
脱走したのか三匹の子羊がメーメーと少し甲高い声でないていた。母羊を探しているのかと推測しながら見ていると少年がやって来て、羊におらー!と言いながら羊を元の場所へ戻そうとしていた。これが彼の仕事なのだろう。そんな光景を見ながら歩くのは楽しいものだった。残りの一時間、無言で一歩一歩ゆっくりと歩き続ける。
山登りはやっぱりしんどい、何かをやり遂げるのにしんどくないものなんて無いのだ、と心の中でつぶやきながら歩いているとようやく村が見えてきた。

シバラヤが1770m、ここが2700mなので1000mを三時間で登った事になる。
初日にしては上出来だ、なんて思いながら適当なゲストハウスに入った。時間は16:30だった。
一日の歩行時間は歩行時間は約七時間。キリマンジャロの初日は四時間程度の歩行だったのでそれよりも長い。
ガイドブックではここから一時間下ったところにあるバンダルという村を一泊目の宿泊地として案内しているが、
Deuraliで朝日が見られるとジョンが言っていたのでここに泊まることにした。

今日の宿はLama guesthouseと言う宿。シェルパ族の家族か経営している。
山小屋に毛が生えたようなゲストハウスだが、キッチンやダイニングはとてもいい雰囲気だった。一泊200ルピーで個室。シバラヤの宿に比べると高いが、標高が上がったこともあるのだろう。それにしても200円。安いものだ。シャワーやトイレは共同。清潔。レストランもある。物価が少し上がってきた。

着替えをし、足と顔を洗うと信じられない程すっきりした。顔は三度水でゆすいでも汗の味がした。
着ていたシャツと靴下を石鹸で洗い、窓の外に干し終わると今日が早々と終わったかのようにも思えた。
村を少しだけ歩いて回るがこれと言って特別なものは無い。あったと言えば眼下に見えるバンダルの村くらいだろうか。ここから一時間もかかるとは思えない程、近く見える。多分登りの時に見える目的地と下りの時に見える目的地では感覚的に後者の方が近く見えるのだろう。

宿に戻るとジョンが紅茶を注文していてくれた。紅茶で温まるとお腹も空き始め、そのままトゥクパを食べた。
チベットの麺である。まだ六時過ぎだったが眠気も出て来た。運動をした後の心地よい眠気は久しぶりで、今すぐにでも横になりたいと思ったが、まだ早すぎるのでジョンとフランスの経済力の低下や相撲レスラー、マフィアなど、統一感の全く無い話題を二時間程話した。62歳だけあって、色々な話を知っている。八時半を過ぎたところで部屋に戻った。また明日も六時におき、約七時間程歩く。今日はたっぷり寝て明日に備えねば。

【3/15の出費】
パンケーキ80
紅茶 25
ダルバード 250
紅茶 20
紅茶 20
水 50
トゥクパ 160
紅茶 50
宿 150
トータル805

【3/16】

6時10分起床、歩き出しは7時50分。

下る。周辺は当然のごとく山々が広がっている。が、ヒマラヤのような威厳漂う山ではなく木々にあふれるた田舎の風景がだった。鳥のさえずりと時折吹く風を体に浴びながら歩く。8時にも関わらず、日差しは既に強く、汗が滲み始める。デラウリからバンダルは少しトレイルを外れてしまった。一応トレイルにはスプーレーで書かれた○や×の目印があるので、基本的には迷う事はない。

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村が眼下に見えていたのでそちらの方向に歩けばよいだけだった。
バンダルにはチベットのお寺があり前を通った時は僧たちがお茶を飲んでいた。ここまで一時間。目安通りだ。
バンダルの村を出で田んぼが広がるのどかな風景を見ながら歩く。菜の花や青ネギが植えられていた。
少し歩いて五分休憩。

牛が苦しげにモーモーとうなっている。そしてキンジャと言う村を目指して歩き始めた。その辺の芝生の上で女の子が寝転がりながら教科書を読みながら勉強をしていた。何とも田舎ならではの光景に笑ってしまう。

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村々を通り抜ける。体が大きく勇ましい雄鶏や"ナマステ、キブミーペン、スイート"、と言ってくる子供達がたくさんいる。村を抜けると急な下りに差し掛かる。かなり下まで降りるようだ。小さな川を渡りそこから緩やかな登りが続く。景色が開けており綺麗だ。

しかしこうやってハットを深めにかぶり歩いているとまるで自分が笠を被った江戸時代の商人のようにも思えてくる。三重のハマグリ商人が幾つもの峠を超えいざ江戸へ。重い荷物を背中に担ぎ前方を歩いているネパール人のスタイルがさらにこの風景と重なり時代をタイムスリップさせる。

比較的フラットもしくは下りが多いキンジャまでの道を歩く事二時間少し、ようやく村が見えて来た。
綺麗な渓谷の谷間にある村で、見るからに綺麗な清流がながれている。周囲には棚田もあり、数枚写真を取っておいた。後二十分程でキンジャに着く。

キンジャ手前の吊り橋。

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12時ちょうど、キンジャに到着した。歩行時間は約4時間。
昨日の疲れもあるせいかキンジャのレストランニューエベレストに着くとカバンを放り投げ靴と靴下を脱いだ。
今日宿泊するセテと言う町までは三時間。怒涛の登りが待っている。昼ご飯はフライドライスと水を注文。
水は90ルピーに上がっている。ナムチェなんぞ行ったら水が300ルピーくらいしそうで怖い。
いい風が村を通り抜け、ちょうどいい日差しを浴びながら寝転がっていると寝そうになる。
キンジャはなかなか雰囲気の良い村だった。

ニューエベレストの旦那は親切な人で、ついつい話をしてしまい、出発は14:15と少し遅くなってしまった。
そこからひたすら登り続ける。急な階段のような道を登る。無心で登る時間もあればあれこれ考えてしまう時間もある。もしかしたらこの時点で既にキリマンジャロよりきついのでは無いかと思ってしまった。

あまりのきつさに地元民死亡、、、、、ではなく多分酒を飲み過ぎたのだと思う。

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15時50分、途中の村でティータイム。かなりきつい登りだった。紅茶を飲んでいると何処からともなく五人の若者がやって来て話し相手になってくれた。最初の質問は"二人はどう言う関係なのか?"、だった。どうやら親子だと思ったらしい。確かに年齢はわしの親父と一つしか変わらないが、流石に白人とアジア人のコンビなので親子ではない。まぁ、養子と言う可能性はあるが。。

村の子供。

blog5DSC_7260.jpg


その後すぐ今日始めてのトレッカーが前方から下ってきた。フランス人だった。
ジョンが嬉しそうフランス語で話していると雨が少し降り始めた。ここからセテはまだ45分はあるはず。
すぐに止むといいのだが。
話しはどうやら盛り上がっているようで、会話の内容がわからないままポツン。彼らは話好きのフランス人。
下手したらここで30分以上話し込むのでは、不安になってきた。すると相手のフランス人が立ち上がり、そろそろ行くよと言う。案外早いなと思うとさすがフランス人、立ち話を始めた。

結局30分程話した後、セテを目指す。雨はすぐ止んだがまた降り出した。持ってきていた折り畳み傘をさして歩く。ジョンはレインジャケットを羽織った。緩やかな登りを歩くと一軒の家があり、少女がセテまでの方向を教えてくれた。ありがとうと言って通り過ぎようとすると、

"ユースモーク?"と声をかけてきた。

"ノー"、と言うと家から家族が出てきた。

すると今度は母親が"ユースモーク?"と聞いてくる。そして手のひらに乗せたハシシを見せてきた。
そう言うことか。それを買うつもりは無かったが、こうして来るトレッカーを待っては声を掛けているのかと思うととても興味深かった。母親はその後ガンジャはどうだと言って袋につまったガンジャを見せて来た。
ルクラで買えば数倍すると言ってきたが、必要ないので大丈夫、と言い歩き始めようとすると少しまとまった雨が降ってきたのでそこで少し雨宿りをさせてもらう。"ユーティー?"と紅茶を進めてきたが先程飲んだばかりなのでノーセンキューとお断りした。

しかし何とも感じのいい家族で温かい一家のオーラが出ていた。家族で農業をする傍、ハシシをトレッカーに売る副業。先程の女の子が今度はハシシをわしにみせ、"アイメイク"、と言う。流石に笑ってしまった。家族のお手伝いの一環でハシシを作る少女。この子もまたとても可愛い笑顔だった。もてなされたわけでは無いのに何だかもてなされた気分になってしまった。

その一家と家。

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雨も止み、残り少しのセテまでの道のりを歩く。この家を過ぎてから後20分程で着くと母親が言っていた。もう少しで今日の目的地だ。ここからセテまでは少しの急になるため最後の力を振り絞らなければならない。息切れしながら歩く事30分。ようやく到着。最初にあったサンライズロッジ前で一旦荷物をおろし、宿から出てきた人と値段交渉。一泊150ルピーで了承してくれた。充電は1時間100ルピー。到着したのは17時40分だった。

今日の歩行時間は7時間と少し。今日は結構しんどかった。特に肩に疲労を感じる。部屋に荷物をおろすと、体が熱くなっているのを感じる。まるでマラソンをした後のような火照りと疲労だった。
疲れてはもちろんいたが、とても気持ちのいい疲れである事には違いなかった。

宿のダイニングで一杯の紅茶を注文。既に六時を過ぎていたのでこのまま夕食を取ろうと思った。宿のスタッフはシェルパ族。そのうちの一人が友達の妹にそっくりで驚いた。その事を伝えると、"シェルパとジャパニーズは顔が同じよね"、と今まで何度も言ってきたかのような言い方で笑いながら言った。それにしても本当に似ていた。
今日は何を食べようかとメニューを見ていると、醤油を持ってきた事を思い出したのでモモを食べる事にした。夕食が出来るまでにお湯を貰い顔と足を洗う。シャワーを浴びたい気持ちはあるがここにホットシャワーがありそうにもなかったので顔と足だけ。それでもかなり綺麗になった気分になる。


【3/16の出費】
チーズオムレツ 180
ミルクティー 50
紅茶 35
卵と野菜のフライドライス 190
水 90
紅茶 30
水 130
モモ 200
水 130
宿代 150
トータル 1185

【3/17】

6時15分起床。昨夜は10時前には寝ているはずなので八時間以上寝ている。流石に起きると太もも、ふくらはぎ、肩に筋肉痛を感じたので荷物をまとめ、二十分程足腰をを中心に全身のストレッチをし、朝食。
今日はジリールクラのコースで最高地点ラムジュラー峠の3500mを通過する。
出発は7時35分,ちょうどいい肌寒さだ。

一時間、こぶし大の石が転がる道を登る。朝一これはかなりきつい。三十分程で少し体が温まり出す。きつい登りが続いている。歩いているとチベット僧とすれ違った。どこから来たのか聞いて見ると、チベットからと言う。"ラサ?"と聞くとセダと答える。セダとは自分が10月後半焼身自殺を見た場所だった。彼はそこからカトマンズへ行くという。セダと言えば実質中国なのだがチベット民族地区のため多くがチベット人。彼らにとってそこは中国ではなくチベットなのだ。

歩いていると何人かの地元民とすれ違う。ひとりの少年は学校へ行ってくると言いながら駆け足で下って行った。小さな家では少女が裸で水浴びをしていた。今日は雲がかかっているので少しさむい。標高も2900m程はあるだろう。

さらに二時間ほど登り3220mにあるGoyamという村に到着した。歩いていたので寒いと思わなかったかとまってミルクティーを飲んでいると気温がだいぶ下がっていることに気づく。一歳くらいの子が生後半年くらいの子犬と並んで座り、やさしく子犬の背中を撫でている。子犬もそこが世界で一番安全な場所なのを知っているのだろうか、穏やかな表情で身を委ねている。

しかしタフな二時間だった。筋肉痛もあったせいか荷物が昨日よりも重く感じた。
可愛い子どもと子犬がいたせいか紅茶を二杯のみ一時半ほど休憩した。11時出発。ゴヤムを出発し、少し歩くとトレイルから外れた様だ。何処でそうなったのかはわからないが、木々のないところを登り切ると家が見え、またトレイルに戻った。わかり辛いところは今までにも何箇所もあった。昨日からトレイルを示すスプレーの丸もどういう訳かなくなってしまった。こまめに休憩をとる。

ブッダロッジと言う茶店についた。ここでも数分休憩をとる。先には雪が残ってあるのが見えた。
そして霧もで始める。ジョンが言うにはこの先はほぼフラットになるから大丈夫だといってくれる。相変わらず彼が先頭を歩いてくれている。トレイルを進むと残雪は多くなる。道も少しぬかるみ始めるし、うっすら雪もある。滑って落ちたらかなり下まで落ちてしまうところも何箇所かあるが、大げさなものではない。そんな道を歩きながら携帯をいじって歩く。ただ靴が防水でもない底のすり減った軽登山シューズなので多少滑る。霧のため景色は何も見えない。

道がフラットになったおかげで体がだいぶ楽になってきた。高山病も心配なさそうだ。
ゆっくりと雪の上を歩きながらラムジュラー峠の最高地点を目指す。

ストゥーパで無事にトレッキングが終わるようお祈りをした後、トレイルは荒々しい岩となりまた雪となる。
数十頭もな馬がムチを打たれながらすれ違って行く。そして12時50分頃、最高地点にあるレストランに到着した。お腹も空いていたので昼ごはん。どういう訳か、どこのレストランにも小さな子供がおりみんな人懐っこい。
レストランに入ると子供が隣に寄り添って座ってくる。気温が低くなり寒かったのでそんな子供に
触れると心が癒される。

メニューからエッグフライドポテトを頼むと棚の中から皮のついたジャガイモを取り出し冷たい水で洗い一から調理始める。おばあちゃんがマキを釜に垂れ、お母さんと子供がニンニクの皮を向く。その周りで子犬たちが暖を取り子供がその犬にいたずらをする。家族みんなで作ってくれる料理は山の上であるせいかなおさらありがたく感じる。カトマンズに比べれば水は六倍するし、ご飯も安くても200ルピー以上、最初は高いと思っていたが、こんなところまで物を運び、いつ来るかわからないトレッカーのためにその都度料理を作ってくれるのだからむしろ安いとも思えてきた。

レストランの子供。この辺りの人々は本当に親切だった。

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ジョンはずっと子犬を抱いたまま座っている。レストランは子犬や家族たちのおかげで賑やかだった。食後にブラックティーを飲むとイスタンブールで毎日チャイを飲んだこたを思い出した。10日も家に泊めてくれたネブラは元気にしているんだろうか。

14時30分、少しゆっくりし過ぎたがようやく出発。ジョンの時計で気温を見て見ると六度だった。今日の宿泊地であるジュンベジまでは二時間、下りのみになる。ここからは岩の多いトレイルが続く。ゴツゴツとした石のうえを歩き続けたインカトレイルを思い出す。下りはやはり登りよりも負担が少ないし息切れがないせいか、汗もあまりでない。トレイルは原生林のような森に入っていく。天気があまり良くなく時折雨も降るせいでかなり寒い。行き交う人はおらず。

ラムジュラー峠近くのストゥーパ。

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16時20分、視界が開け少し歩くとようやくジュンベジの村が見えてきた。思ったよりも村は大きく幾つものロッジが立っている。ジュンベジには五時に到着。今日も良く歩いた。歩行時間は六時間半。
休憩が、あるのでなんだかんだで到着は夕方になる。

二年前にジョンは同じルートでトレッキングをしており、その時良かった宿やレストランを覚えているため、そういう所に行く事が多い。今日の宿も二年前にとまってシェルパシチューがとても美味しかったというANG Domo lodgeと言う宿に宿泊する事にした。一泊個室が100 ルピー、充電無料、水は150ルピー。

部屋に入ってすぐ、バックパックをベッドに放り投げる。
トレッキングを始めてからこれが楽しみになってしまった。この開放感はすごい。手を洗いいつものようにミルクティーを飲んで体を温める。周囲は山で囲まれておりとてものどかで景色がきれい。標高2700mとは思えない。ジョンは冷たい水で洗濯を済ませたようで、凍えた手をさすっている。

六時間半頃夕食を注文、今気づいたがどのホテルやラストランにもメニューがちゃんとあるのだが、内容がよく似ている。値段もどこも同じだ。ジョンははいつもスープをまず頼み、その後にモモなどを一品、その後ヨーグルトなどがあればそれを食べる。フランス人、山に来てもスリーコース。
夕食を食べ、ストーブの前に座り暖を取りながらジョンと旅の話やジョンが日本に旅行に来た時の事などを話す。ヨガを始めて12年、かなりいろんな国に行っているジョン、よく笑うしいいおじさんだ。
いつも通り20時30分に部屋に戻る。そして数分後ジョンのいびきが聞こえだし、しばらくすると眠りについていた。

【3/17の出費】
紅茶 35
パンケーキ 165
紅茶x2 80
ビスケット 50
エッグフライドポテト 250
紅茶x2 90
宿 100
ミルクティー 50
ベジヌードルスープ 160
コーラ 150

トータル 1130


■トレッキングをして思った持ってくと便利な物①
1リットルのプラスチックのボトル。300ルピーで買える。
水は高いがボイルドウォーターだと半額以下になるのでそれを宿で入れてもらうか、
水道水を貰いタブレットで浄化して飲む。水道水であれば何処でも無料でくれる。


【3/18】

今日は休息日。歩き方にはそのままルクラまで続くのだが、一泊余分に取った。体ももちろん疲れて居たし、ゆっくりと寝れると思うと精神的にも落ち着いた。
ジュンベジに二泊して、体を休めたり洗濯をしたりして過ごす。

朝の四時くらいにトイレに行きたくなり目が覚めたのは残念だったがまた眠りにつき、八時におきた。
天気は快晴。早速洗濯をする気になった。宿でバケツをかり近くの公共水道で汗臭い服を洗う。しかし水が余りにも冷たく数秒水に手をつけると全身にその冷たさが伝わる。近くにあった木のハンマーのようなものを使い服を押してみる。実際きれいになっている中はわからないが一通りそうやって洗い、宿の前に干した。

隣には白いシーツ、そして自分の洗濯物、空は青く雲は白い。まるで洗濯石鹸のコマーシャルのような景色だった。ジョンも外に出て来ており、朝食を食べようと声を掛けてくれた。今朝から腹を下した様であまり食欲はなかったが、宿に戻りメニューを見た。りんごのムスリがあったのでそれを頼んだ。

暖かで気持ちの良い日差しを浴びながらジョンと自分、宿に泊まっていたフランス人と三人で朝食を食べていると二人の話すフランス語のせいでフランスの田舎に来ている気分にもなった。セパボン、アウィ?フランス語は不思議な響きの言語だと思った。

朝食後、ジョンが一年のうち数ヶ月住みたいという誰もいないモナストリーへ散歩に出かけた。
荷物なしで歩く事に相当な期待をしていたが、実際荷物あっても無くても登りはきついのだ、と裏切られた気分になってしまった。ひょいひょいと身軽に階段を登れると思っていた。結局荷物を持っている時と変わらぬスピードでゆっくりと階段を登りそのモナストリーに到着。

建物を見るだけではそれがモナストリーと思う人は居ないと思った。僧が隠居のために使っていた様に見える。そこからはジュンベジの街が見下ろせた。気温もちょうど良くぼーっとそこで座っているだけで幸せな気分になれる。
昼にマカロニを食べた後、少しまだ腹を下していたせいで出かける気にはならなかったが、この辺りで最古のニンマ派のゴンパがあるというのでジョンと一緒に行く事にした。ゴンパまでは一時間半の道のり。

ジョンはこのトレッキング帰りにそこに寄り二週間程瞑想などをしながら滞在できればと言っている。それが可能かどうか確認も今からしたいのだ。荷物が無いにも関わらず意外ときついゴンパまでの道のり。下痢から来る微妙な体調不良のせいかもしれない。歩いていると道を間違えたらしい。トレイルが完全に無くなった。それでも突き進むジョン。

"ボン"、といいながら草木を手でよけながら先を歩く。小さな川を渡る。こんな田舎の川でもそこには大量のゴミがあった。するとまたトレイルのようなものが復活。正しいであろうトレイルを進むとゴンパが見えてきた。階段を登ると到着。ジョンは二回目のため僧たちにナマステと言いながらすいすいとお祈りのための大広間に入って行く。そこでは二十人の僧がお経をとなえていた。Tashi Thongmonというモナストリー。ジュンベジのモナストリーと言うと誰でも知っている。

大広間の後ろの方で座り荘厳なお経を聞く。何人もの僧が珍しそうにフランス人と日本人の我々を気にしているようだ。僧たちは何分かお経を唱え、一定の時間が過ぎるとそれを止める。そして目の前にある紅茶をすすっている。そしてまたお経を唱え始めまたやめる。何度かに一度のタイミングで、尼が紅茶を注ぐに来る。我々の存在にも気付いたようで、少しした後、カップを用意してくれ紅茶を振舞ってくれた。

ゆっくりと金属のポットを傾けカップに紅茶を注ぐ。そして紅茶の湯気が立ち込める。そしてまたその音もはっきりと聞こえる。注ぎ終わるとどうぞ、という感じの笑顔をし、静かに立ち去って行った。とても印象的だった。

紅茶を二度頂き、何を考えるでも無く、お経と休憩を繰り返していく光景を眺めた。約一時間半程そこに座っていた。去り際に今度はバター茶を振舞ってくれた。突然来た訪問者に対して親切にしていただいてありがたかった。始めてのバター茶は、甘い紅茶の後だったせいか塩辛くスープを飲んでいるようだった。

blog5DSC_7372.jpg


お経が終わり外に出ると先ほど中にいた僧達が立ち話をしていた。ジョンは滞在の許可を貰うためにアドミニストレーションオフィスを探していたがそれらしき場所はなかった。珍しく英語が通じず、敷地内にあったクリニックのような所で滞在について確認してみたがいまいち良くわからなかった。暗くなり始めたので来た道を戻り宿に帰った。休暇日だったが意外と歩いてしまった。夜はジョンお気に入りのシェルパシチューで体を温め、寝る前に安倍晋三の美しき国という本を読んで寝た。アベノミクスは日本の景気を復活させるのだろうか、そんな事を思ったが、本を読んだ限りでは個人的には安倍首相に好印象を持った。郷土愛か。

【3/18の費用】
リンゴのムスリ 220
紅茶 50
水 80
コーラ 100
飴x10 50
マカロニ 200
シェルパシチュー 260
宿 100

トータル 1060

DAY 6-10に続く。
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