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仮) 始めてでも出来る海外トレッキング ヒマラヤ編 Day11- 15

2013年04月23日 02:31

                           22:36,4/22、ゴア、アンジュナビーチ、インド

今日もバイクでアンジュナビーチ周辺を走って来た。
ビーチはいくつもあり場所によって欧米人が多い所、インド人が多い所、
人があまり居ない所と人の量は様々。アンジュナビーチは岩礁が多いためビーチには
あまり人がおらず気に入っている。2、3日で充分だと思ったがもう少し居る事にしよう。
で、長くてませんがトレッキングの続き。第三章。第五章で完結します。。。


【3/24】

何度か変な夢で目を覚ましたが、それでももう少し寝よう寝ようと頑張って見たがが
結局八時半には寝袋から脱出。今日は高度順応の日で、トレッキングは休憩。
近くにクムジュンと言う村があるそうなのでそこに散歩に出かける予定になっている。
寝袋から出てダイニングにいくとジョンが座っていた。
おはようと声をかけ、いつものように紅茶を飲みながら談笑する。
朝のこの時間が好きだ。

ジョンが言うにはもう一泊すると言っていたガイが予定を変更し、今日先へ進む事にしたそうだ。
少し残念だったがそれは仕方が無い。そしてガイが出発の準備をしておりて来た。
ガイは既にツアーを申し込んでいたため、それに合わせて行動しなければならず、第一希望のルートで行くのは時間的に厳しかった。が、どうやら旅行会社に連絡がつき、ツアーの開始を変更出来る事になった。
日に余裕ができたという事で希望のルートで行く事にしたらしい。
別れも旅の一部。無事を祈りながら送り出した。またトレッキング中に会うかもしれない。

その後ジョンは両替に行き、わしはフライトの変更をするため電話をかけに電話屋へ向かった。
今持っているチケットは4月3日発のルクラーカトマンズ行きなのだが、トレッキングが長引きそうなため4月7日に変更する必要があった。チケットを購入した際にそれが可能と聞いていたので心配はしていなかった。
とりあえず航空会社に電話をし、変更の旨を伝えると、変更希望日の前日に電話をしてくれという。

購入した旅行会社には変更する場合は4月3日になる前に変更してください、と言われていたので
おかしいなと思った。不安になったので購入したシンハルツアーと言う旅行会社のオーナー、モウサムさんに
聞いて見る事にした。すると、カトマンズからルクラに行く飛行機は電話で変更できるが、ルクラーカトマンズの場合はルクラのオフィスに行く必要があると言うのだ。それは聞いていなかったよ、と伝えるとモウサムさんは親切に変更してみるから一時間後にもう一度電話して欲しいと言ってくれた。ここはネパールだし、何とでもなるだろうと思いながら電話を切った。

待たせていたジョンに事情を説明。
一時間後に出発でもいいかと聞くとノープロブレムと言い、太陽の日差しを浴びていた。
わしもそこでお茶を飲みながら1時間程待ちもう一度電話をかけに行く。
電話をかけると"今やってます、終わったら掛け直しますので"、と日本語で答える。
モウサムさんは日本人相手にしか仕事をしていないそうだ。

数分後、電話がかかって来た。すると、
"変更完了しました、またルクラについたら念のため電話をしてください"、と何とも丁寧に対応をしてくれたのだ。
さすがネパール人。インド人ではこんな事考えられない。
無事にチケットの変更ができてほっとした。変更できた事をジョンに伝える。
そして遅れてしまったが近くの村へ向け出発。

時刻は12時になっていた。ナムチェのゴンパの方に歩きずっと上の方に登って行く。
一瞬頭に違和感を感じたときに高山病か?と思ったがすぐに無くなり呼吸も落ち着いた。
少し上に登ると山々の見え方が変わってくる。天気が良く空気も澄んでおり山々が綺麗に見渡せる。
そして周りには音がなくとても静かだ。

ナムチェの空港。

blog5DSC_7478.jpg


そのまま歩き続けるとクンデと言う村が見えて来た。標高は3940mと富士山よりも高い。
新しいのか古いのかここから見るとよくわからないが、屋根が緑で統一されて何だか少し奇妙にも見える。
離れた所から見ると特に面白みのある村には見えなかった。人の姿があるわけでもなく、とても簡素に見える。
強いて言うなら村の奥に立っているゴンパくらいだろうか。

クンデの村並み。

blog5DSC_7480.jpg


何も言わず先を歩くジョンについて行った。ぐるりと村を一周するように歩くとここにも日本人グループを発見。
ガイドもいたのでどこまでトレッキングに行くのか聞いて見ると、ルクラからナムチェまで来たあと、エベレストが見えるホテルエベレストビューホテルに泊まって帰るんだとか。
どこの旅行会社か聞いて見ると"ヒマラヤ観光という会社です"、とガイドが言った。
つけ加えて"新橋にあります"、とも言った。

その後クンデから隣にあるクムジュン村の方向に歩く。

途中に居た地元の子供達。何とも言えない表情をしていた。

blog5DSC_7485.jpg


目の前には六千メートルを超える山が聳え立っており、何度も魅了されてしまう。
ただ山の名前が覚えられない。クムジュンに行く途中、明らかに汚く少し臭いを放つ物乞いが薬を買いたいから100ルピーくれないか、と声をかけて来た。
わしにではなくジョンにだ。するとジョンは100ルピー欲しいのか?と聞きなおし、財布から100ルピーを渡す。
そして物乞いが去った後、ワシの顔を見て、"さっきの人臭かったな"、と笑いながら言った。

クムジュンのゴンパにはロンプラにも載っているのだがイエティの頭が安置されているという。
それを2日前の宿で聞き、それは是非行かなければと思い実際来て見たのだが、いざ来て見ると一切興味がなくなってしまった。そんな訳でで結局ここまで来てイエティにご対面する事なくゴンパを後にし、パン屋でデニッシュと紅茶を飲んだ。その後そのエベレストビューホテルを訪問してみる。中に入って見ると、エベレスト関連の日本の本が売っていたり、燕山荘の布が壁にかけてあったりと、日本人宿泊者が多い事を示していた。年間何人くらいの日本人が泊まるのだろうか。

そしてナムチェへ戻る事にした。帰ろうとすると急に雲行きが怪しくなり始め、少し急ぎ足で戻る。
途中とても色合いの美しい国鳥ダフェに遭遇。写真を撮ろうとしている隙に、姿を消してしまった。
少し雨が降り始めたが何とか間に合いずぶ濡れになることなく宿に戻ってきた。

結局五時間、今日は高度順応も兼ねて歩いた。荷物無しで歩くとやはり断然に楽だ。
買い物をし宿で夕食をとり、ジョンがインターネットをすると言うのでわしも行くことにした。
久しぶりに携帯の充電をフルにすると変に嬉しくなってしまった。
でも既に充電は80%。毎日充電にお金を払うのはもったいないので節約して使わねば。
もらった夜行観覧車と言う小説をさっと読み終わらせた。内容もあまり好みではなかった。さぁ、寝よう。

【3/24の出費】

ブラックティー 60
ブラックティー 60
トゥクパ 300
電話代 100
パン 250
ブラックティー 40
レインカバー 150
スーパーで買い物 290
オムライス 380
ブラックティー 60
インターネット 300
チャージ 100
トータル 2090


【3/25】

朝方寒さで何度起きただろうか。寝る前は寝袋も温かいのだが、朝になるとここ最近かなり冷え込む。
六時半に起きパッキングをして見ると荷物が若干軽く感じた。多分すこし厚めのズボンに履き替えたからだろう。
できれば荷物は軽い方が良い。膝やくるぶしへの負担も減る。

ミルクティーとチョコレートパンケーキを食べ、八時前に出発。
ナムチェの村を出る際はすこし急な階段だったが、出てしまうとトレイルは緩やかもしくらフラットになり石も少なく歩きやすい。そして何より見える景色がすばらしい。

歩いていると日本語もしばしば聞こえる。
ある日本人グルーブが止まって行き交う人々にグッドモーニンと大きな声で挨拶をしていた。
前を歩いていた日本人にはおはようございます、と声をかけていたのにワシにはナマステと言ってきた。
フランス人と歩いているせいだろうか、ネパール人に思われているに違いない。。。

目的地のテンボチェが見える。距離にすると近いのだが、一度かなり下ってからまた600m登らなければならない。しかしそれを登ってしまえば今日は終わり。天気も良く急ぐ必要は全くなかったのでKyangjumaというトレイル沿いの村の茶店で紅茶を飲む。遠くにはガイが登る予定のアイランドピークも見える。

11時過ぎ、坂の手前の小さな村でランチを取った。
あまりの温かい陽気にうたた寝をしてしまった。そして一時、また歩き始める。
橋を渡り急な登りを登り始めた。ジョンが言うにはこれがこのトレッキングの最後のきつい登りらしい。
最後か、じゃあ頑張ろう、なんて思いながらゆっくりと登る。
確かに急ではあったがゆっくり登っていると何だかとても楽になってきた。
バックパックがいつもより軽いからだろうか。

ジョンは先を歩いている。いつも通りゆっくり登っている。
62歳というのに他のトレッカーを抜かし歩いて行く姿は頼もしい。わしも自分のペースで歩く。
途中止まろうとも思ったが風が冷たく止まると身体が冷えると思い、止まる代わりにゆっくりと歩く。
今日はまだ三時間程しか歩いていないし、うたた寝もしたので身体はまだまだ疲れていない。
このまま上まで一時間歩けば目的地のテンボチェに着くはずなので、止まらずに歩き続けよう。

そしてランチを取ったレストランから一時間二十分、登り切りテンボチェに到着した。
ゆっくり歩いたので意外に余裕だったが、喉がカラカラだった。水分を取るのを忘れていた。
到着後、少し腰をかけジョンが前回泊まったという宿を探すのだが明らかに村から離れる方向に歩きだしたので不安になった。"本当に大丈夫?"と聞くといつもの様にインディアナジョーンズだよ、と言って笑う。
が、折角登り切った後、合っているか合っていないかわからない方向に歩き、仮に違う場所に行ってしまいまた戻ってくるのが億劫だったので、もう一度確認をしてみる。体力を無駄に使いたくないと思ってしまった。
その上、気温は下がりみぞれの様な物も降ってきた。何と言ってもここは標高3800m、天気も変わりやすい。

ジョンの言う方向に行って見るたのだが、かなり道がぬかるんでおり、この先本当にロッジがあるか不明だったので
テンボチェの村に引き返し、そこの宿にする事にした。入ったのはTenboche guesthouseと言う宿。
一泊100ルピー、食事をするからという事で200ルピーからまけてもらった。
充電は一時間200ルピー。ガスシャワーは400ルピー。

宿は部屋もダイニングも暖かくとても居心地が良い。
トレッカーも多く話し相手には困らなさそうだなと思っているとトルコの国旗を袖につけたおじさんがいたので話しかけて見た。すると何語かわからないが何かを確認する様な言い方で何かを言っている。
さっぱりわからない、と笑いながらいうと、"オーケーオーケー、センセ一!"と言って来た。

個人的にトルコ人が好きなのでトルコに行った時につけていたトルコ語のメモを見ながらすこし会話をして見た。
そうしているとトルコにいた頃の事をぼんやりと思い出し、時の流れの早さを感じてしまった。トルコにいたのは確か九月。半年前、まだわしはトルコにいたのだ。

宿のすぐ近くにはゴンパがあり、ちょうど4時から開放されお祈りが見られるというので行く事にした。
ゴンパはこの辺りには何処にでもあるのだがテンボチェのゴンパは他と比べ少し大きい。
中に入り見学をし、しばらく座っていると僧侶がどんどんと中に入って来た。これからお祈りが始まる。
お祈りの風景はジュンベジのゴンパでも見ている。が、何度見ても神聖な雰囲気に包まれ、ここにいるべきではないのでは無いか、と思わされる。

ゴンパ内部。
blog5DSC_7532.jpg

前回同様一人の僧が紅茶の入った金属製のポットを持って僧に配る。
湯のみに注ぐと同時に紅茶から湯煙が立ち込める。そしてそれを飲んだあと、その温度で吐く息が白くなる。
何十人もいる僧侶が同じ行動をしているのをみると不思議な気分にさせられる。
お祈り自体は前回のものとは少し違った。ベルや笛、太鼓などの楽器を鳴らしながらお祈りを唱えだした
。その楽器の音は調和が取れたものではなくドンチャンドンチャンと言った具合で少し驚いてしまったのだが、
何度もそれを聞いているうちに、何らかのメッセージなのかもしれないと思ってしまった。

一時間程ゴンパでお祈りの風景を見た後外を散歩し宿に戻った。
標高が上がっただけあって気温が落ちるのも早い。物価も本格的に上がってきた。
隣にあるベーカリーでは珍しくチョコレートケーキがあったのだがなんと400ルピーもするのだ。
そんな高くては買えるはずもなく、空腹になってしまったわしは昨日部屋で茹でたゆで卵を食べ、
インスタントの卵スープを空腹凌ぎに食べておいた。

六18時半に夕食。ツナのスパゲティを注文した。
宿泊者はストーブの周りに座りそれぞれ会話をしている。
ジョンはどこに行ったのかと思ったら外で話をしているようだ。
本を読みながら時間を潰し終え夕食が来た。
別のテーブルで欧米人がカレーをうまいうまいと言って食べているのを見てここは絶対料理がうまい宿だと確信まるで賭け事の様に。そして見るからにうまそうなツナトマトスパゲティが運ばれて来た。
少なそうに見えて意外と多い夕食に満たされ何だか賑やかな今日のダイニングを観察。

とりわけオーストラリア人とアイルランド人カップルがロンドンに引っ越しをする話を
オーストラリア在住のポーランド人が聞いてているのが目立っていた。わしはいつものようにジョンと
明日の事に話したり、カトマンズの日本食レストランの場所を説明したりしていた。トルコ人は
何やら真剣に読み物をしている。カップルは仲良さそうに一段落つけた後、お休みと言って部屋に戻った。
カップルでヒマラヤトレッキングなんてうらやましい。

ジョンと日本の事について話しているとポーランド人が興味ありげな顔をして会話に参加してきた。
日本には二十年前にビジネスで行ったことがあり、名刺の交換方法や会社でタバコを吸いまくる光景などを話しながら懐かしんでいた。話が少し盛り上がりまさかの21時前。もう寝る時間だと急いでその場を去ったのだった。
今日の歩行時間は四時間。ナムチェ以降歩く時間が短くなると言うのは本当だった。

【3/25の出費】
チョコレートパンケーキ 250
紅茶 70
フライドヌードル 300
ミルクティー 60
ツナスパゲッティー 450
ミルクティー 60
宿 100
トータル1290

【3/26】
6時45分起床。
ダウンジャケットを来て寝たおかげでかなり温かかった。何だか変な夢を見た。
大学を4年も留年すると言うもので、起きて一瞬流石に留年しすぎだ!と焦って起きた。

出発前に周囲を散歩する。
小高い丘のような所に上がってみると、村が眼下に見えた。

blog5DSC_7550.jpg

そして9時に出発。
天気は快晴、宿からは標高6800mアマンダプラムが太陽の影にありながらもその存在感を誇示している。
テンボチェの朝は太陽の光が気持ちよくついゆっくりと紅茶を飲んでしまう。
目的地はデンポチェ、ここから四時間ほどで着く。急ぐ必要は全く無いのだ。
標高は4000m近くまで上がって来た。標
高が上がればその分周囲に雪のかかった山が広がり景色もどんどんと良くなって行く。

テンボチェをスタートした後、眼下に流れる川を見ながら6000m級の山々を見て歩く。

blog5DSC_7598.jpg

道はフラットな所が多く負担は殆どなかった。10時45分、パンボチェと言う村で少し休憩を取った。
そこに居た陽気なガイドと話していると、ここからロツェとエベレストが見えると教えてくれた。指差す方向を見てみると少しだけ頭を出した世界最高峰が見える。久しぶりの再会だった。考えてみればトレッキング3日目にかなり遠くからエベレストを見て、出発8日後の今日、こうしてまたエベレストを見る。その距離はかなり近くなり、遥々歩いて来た甲斐があったと正直嬉しくなる。
休憩後、正面にエベレストとロツェを見ながら歩く。今までで一番いい景色を歩いているなと思った。
現在標高は4000m程。ありがたい事に体に変化は無い。

12時15分、SONAMという村に到着。ここで昼食をとる事にした。背後にはアマダプラムが綺麗に見える。
ナムチェに居た頃周りの景色の素晴らしさに感動していたが、今日の景色は比べ物にならない程すごい。
久しぶりにピザを頼んだ。山のピザはあまり期待出来る物ではないのだが、少し違った物を食べたくなる。
ちなみにここでコーラが300ルピー、ピザは380ルピーする。

13時30分、今日の目的地であるデンポチェを目指し歩き始める。
ここから歩いて2時間だと言う。先ほど見かけた南アフリカのグループが直ぐ前を歩いていた。

丁度歩き始めて2時間後、目的地のデンポチェ(標高4358m)に到着。意外にも大きな村だった。

blog5DSC_7619.jpg


ジョンが宿はユウスケが決めてくれて良いよと言うので良さそうに見えたMOON LIGHT LODGEという
ロッジに入った。一泊100ルピー、チャージは300ルピー。ダルバードはいよいよ500ルピーを突破。

通常ペリチェと言う村かこのデンポチェに泊まりエベレストベースキャンプを目指すのだが、
デンポチェは立地的にとても明るく日差しが気持ち良い。逆にペリチェは谷の底にあるため
日が当たっている時間が短いと、ジョンが教えてくれた。チェックインを済ませ宿に広々とした
洗濯干場があったのでまず洗濯を済ませた。

ダイニングに行ってみるとナムチェのチェックポイントに居た日本人女性とアメリカ人の
カップルと偶然の再会。今度は宿が一緒なのでゆっくり話せるなと思うと嬉しかった。
宿のロケーションはすばらしい。ロツェやアイランドピーク、アマダプラム等の山が間近に見る事が出来る。

今日のトレッキングは息を飲むような光景の連続で最高だった。
4000mを超えてからの風景は今までとは変わり荒廃としているものの
地球を感じられるが故、どんどん壮大になって行く。山はいいなと素直に思った。

デンポチェには高度順応をかねて2泊。
一通り落ち着いたのでいつもの様にダイニングで紅茶を飲みながら
他のトレッカー達と話をする。今日はイスラエル人のバラックと言う青年と
ユダヤ教について色々と教えてもらった。英語がとてもうまく、わしの旅についても
興味を持ってくれたおかげで珍しく話し込んでしまった。その後はその日本人女性と
話した。日本語でゆっくり話すのが久しぶりだったせいか、夕食が運ばれてくるまで
話が止まらなかった。何とも今日は良く喋る日である。久しぶりに日本語で話していると
やはり細かいニュアンスを伝えるのは日本語が一番だなとしみじみ思ってしまった。

夕食のダルバードは500ルピーと値が張ったがとても美味しくおかわりもたっぷりさせてくれた。
何となく日本のカレーに似ており、短時間の間に2杯食べてしまった。
時間はあっという間に19時になっており、早々と部屋へ戻って行くトレッカーも多い。
少し前まではまだ19時か、と感じていたが、今ではもう19時かと感じるようになっている。
時間の感覚とはそういうものなのだろうか。

この辺りの発電はもちろんソーラーだったが、奇跡的にダイニングにはTVを見る事が出来たため
残ったトレッカーと一緒にナショナルジオグラフィックを見た。が、あいにくバッテリー切れのため
そうは長く見れず、部屋に戻る事にした。山でテレビを見たのは後にも先にもこれ一回だった。

ここまで上がってくると部屋の中でも息は白くなる。一体何度くらいなんだろう。
部屋の電気の明かりは弱々しくあってないようなものだ。ヘッドライトで本を読みながら寝る事にしよう。
今日は月が綺麗だった。

【3/26の出費】
ムスリ 260
ミルクティー 70
ブラックティー 60
ブラックティー 70
チキンピザ 380
ブラックティー 50
ミルクティー 70
ダルバード 500
ブラックティー 70
チョコレート 150
宿 100
トータル 1780


【3/27】

夜中の寒さのせいか何度も起きてしまう。
体は温かいのだがどうしても呼吸の度に顔をダストその際に冷気が寝袋内に入ってくる。
なので睡眠は繋ぎ繋ぎで寝ている感覚だった。起きると8時。カーテンを開けると
何度見ても驚く程の青い空とタボチェと言う山がこちらを覗き込んでいるようだった。

昨日の日本人とアメリカ人のカップルが節約のため一日一食しか食べないと言うのを
聞いたためか、わしも朝は抜いて昼と寄るだけにしよう考えたが、無性にトーストが食べたくなったので
ベークドビーンズとトーストを朝食に注文。朝食を食べた後、あまりの日差しの気持ち良さに11時頃まで
ぼーっと外の席で他のトレッカー達とのんびりしていた。
昼は抜いてしまおうと思っていたが、これから宿の裏手にある5090mの山に高度順応を兼ねて
登る予定だったので、シェルパシチューを食べる事にした。

このMoon Lightと言うロッジの店主はとても面白く優しい人で、片言の日本語も話す。
この人が居るせいかロッジの居心地もとてもよかった。そして昼過ぎ、ジョンと共に
その宿の裏手にあるNangkartshang、5090mの山を登り始めた。

ロッジからはその山の頂上は見る事が出来なかったが、とりあえず急な道をゆっくり登り始める。

blog5DSC_7636.jpg

ストゥーパを経由しトレイルがあったのでそれを歩く。遠くの方に昨日見た南アフリカのグループが
歩いているのが見える。昨日の時点であんなに息苦しそうに歩いていたのに一体大丈夫なんだろうか
と心配になってしまった。横を見るとアマダプラムが目の前に見える。それもものすごくそばに。
アマダプラムはこの距離からだと頂上や山の表面の岩の層まで鮮明に見えた。

こうやって近くから見ているとなんだか簡単に登れそうな気になってくるが、6800m以上の頂きに登るのは困難極まりないに違いない。ちなみに近くに居たガイドに聞いてみるとアマダプラム登頂にはパーミット代だけで200USD、その他諸々含めると10,000USDもしてしまうと言う。ネパールでの登山には本当にお金がかかるのだ。

風邪が強く雲がかなりの勢いで動いているのを見ていると、高い所に居る事を実感する。
既に半分以上登っており村もかなり下に見える。高所恐怖症と言う訳では全くないが
流石に足がすくんでしまった。

どれくらいの高さなのかははっきりわからなかったが、3分の2を超えた辺りで
少し頭痛に襲われた。といっても軽度の物だったので、少し止まり深呼吸をして歩き始める。

想像よりもしんどいものだったが、2時間10分程で頂上に到着した。あいにくの曇りで
気温も低かった。到着時頂上から見るアマダプラムは雲に覆われていてその姿が見えなかったが、
不意に雲が無くなり姿を見せた。まるで巨大なモンスターの様な威圧感を伴っていたが
また直ぐに雲のせいで見えなくなってしまった。

blog5DSC_7647.jpg

10分程そこで時間を取り、早々に下山する事にした。
下山には1時間15分程しかかからなかったが、その分足への負担があった。ただ毎日歩いているだけに
筋肉痛が翌日発生すると言う事はもう無くなっている。

宿に到着し、今日はもうやる事をやったという感じだったせいかダイニングでずっと
日本人の女性と旅の話をしていた。彼女も15年前には長い旅に出ていたそうで、当時の話を聞きながら
共感出来る事柄が沢山あったので面白かった。

周りを見てみると今日はトレッカーが多く、とても賑やかだった。
その中に居た明るく陽気な香港人の4人組は何度もネパールに来ているそうで、その話をしてくれた。
日本語を話す香港人のおばちゃんもおり、"ワタシノニホンゴ、チュウガクヨネンセイ"と言っていた。
中国人に比べて明るい印象の香港人。彼らと話しているとエストニアで会ったロックを思い出した。

今日は何かと交流の多い日だった。
昨日は19時過ぎに部屋に戻って行ったトレッカー達も今日は楽しそうにカードゲームをしている。
わしもこうして夜が更けるのを待っている。日記用のノートを持って来て正解だった。
そういえば、ここに居るカナダ人とオーストラリア人のカップルはカトマンズからルクラに来るのに
飛行機が4日連続キャンセルになり、結局もう待っていられないとヘリコプターできたそうな。
ヘリコプターは一人300USD。やはり飛行機は頻繁にキャンセルになるらしい。


【3/27の出費】
トースト+ベイクドビーンズ 350
ブラックティー 50
シェルパシチュー 350
ミルクティー 70
ダルバード 500
ミルクティー 70
お湯 40
宿 100

【3/28】

何度も寝返りを繰り返しその度に起きていた。こんなんで本当にちゃんと睡眠が取れているのか
わからなかったが、それなりに頭はすっきりしていた。
8時に体を起こした。今日は歩行時間が短いためいつも通りに起きる必要がなかった。
朝食はナムチェで購入しておいたスニッカーズで済ませた。山での生活費を考えてみると
特に不必要な物を買っている訳では無いのに、高い食事代にかなり使っているような気がした。
カトマンズで3食日本食を食べているよりも使っているに違いない。

宿で知り合った他のトレッカーは既に出発しており、イスラエル人の二人も直ぐに出る所だった。
個人的にはイスラエル人はパーティーが好きで良く遊ぶ、そういうイメージだったが
山で会うとそうは見えず、とても健全に見えてしまう。まさにそれを偏見と言うのだろう。。
晴れ晴れしく彼らを見送り、わしらも準備をし、9時過ぎに出発する事にした。
今日の目的地はここから2時間のチュクン。高度も5000mに近づく。

しかし心配していた雪は、4000mを超えた後もトレイルには全くなく、プラスして
傾斜も緩くなり、歩き易い。歩き始める時は高所のためか息切れが多少あるけれど
少し歩き出すとそれも慣れる。今日はジョンも快調。62歳の初老フランス人は快調に先頭を歩く。
1時間半程歩いた所にぽつんと一軒だけ茶店が会ったのでそこで休憩をする事にした。
今日は雲が多いが比較的温かい。ただ昨晩は寒かった。
ジョンの時計は0℃を示していたらしい。寝袋だけでは寒いのでブランケットが必要になりそうだ。
茶店で紅茶を飲んでいると3人のシェルパ少女が小さな猫をわしらに紹介してくれた。
"この猫は私の娘みたいなものよ"と、嬉しそうに猫を撫でていた。
しかしまぁ、4500mを超えた場所で猫がいるとは思いもしなかった。不思議なものだ。
数枚の写真をそこから撮った後、ここから20分足らずのチュクン村を目指す。

アマダプラムが直ぐそばに。



そして12時前、チュクンに到着。
歩行時間は2時間20分と短かかった。
宿は村の真ん中にあるHimalayan Makalu Lodgeという所に決めた。
1泊100ルピー、チャージは1時間300ルピー(実際フルチャージで300ルピーだった)、
ダルバードは400ルピー。
この宿に決めたのはご飯が他よりも安いと宿の前に座っていたインド人が教えてくれたからだ。

宿にはこれからアイランドピークBCに行くグループが滞在していた。そのグループに
同行していたシェルパは日本語を話す事が出来たのでしばらく会話をした。
宿の雰囲気も山小屋らしくなってきた。気分も少し盛り上がってしまう。
アイランドピークへ向かう人々はトレッキングでは無く、既にクライミングとして区別され
クライミングをするためには少し高額の許可が必要になると日本語を話すシェルパが教えてくれた。
やはりトレッキングとクライミングでははっきりとした装備の違いがあるし緊張感も確実に違う事が
感じ取れる。危険度もそれなりに上がるのだろうか。

久々のフライドポテトとサンドイッチを注文。
やはり昨日の宿の比べても安く、ついつい頼みすぎてしまいそうになる。
ここには2泊し次に進もうと以前から行っていたのだが、今後のルートをジョンと話していると
まるで前から話していたかの様にジョンがここには3泊してアマダプラムBCに行こうと言い始めた。
全く考えていなかったので聞いた瞬間戸惑ってしまったがわしもそこがどんな所かわからなかったので
少し考える時間をもらった。ジョン曰く、時間があるから時間的な問題はないよというのだが、
もう早い所からバタールに行って本来の目的を果たしたくなっていたのだ。そしてもしルクラに
早く着くのであれば、また飛行機の日を変えてしまえば良い、そう思っていた。同時に日本食の
事もぼーっと考えてしまった。

今日は天気が悪く、外に出かける予定も無いためひたすらごろごろとするしか無かった。
それでもテントで寝るトレッカーも居る。
この寒いのにテントで寝てる人も居る。

blog5DSC_7680.jpg


そうしながら唯一の催し物である夕食の時間を待っていた。
時計を見るととあっという間に6時半になっていた。一体いつの間にこんなに時間が過ぎていたのだろうか。
気付けば着火されたストーブに気付き、ストーブの前に椅子を置いて座っていた。
ストーブの燃料は薪ではなく乾燥させたヤックの分を使用していた。
4700mともなると木も生えていないので自然とそうなるのだろう。
まさに究極のエコと言うのかもしれないと思った。

夕食前に一人のクライマーがアイランドピーク登山から戻って来た。
彼の表情はまさに疲労困憊といった様子で、何も話そうとしていなかった。
登りきったと言う達成感は疲れによって既に姿を消してしまったようにも見える。
そんなに辛い物なのか、少し恐ろしくなった。
彼のガイドに聞いてみると登頂後、ここに戻ってくるのに14時間も歩いたそう。
それは何もする気が起こらない訳だ。

さて待望の夕食タイム。ダルバードが最近多かったので気分転換にマカロニを注文した。
これがまた大正解。ゆでたマカロニとナックのチーズのみのシンプルな物だったが
少し味が濃いめでとても美味しかった。となりに座っているロシア人らはファミリー+
息子の友達で登山に来たのだと言う。最初は少し絡み辛い感じだったが話すとそうでもなかった。
加えてよく笑う家族で、一体何が会ったのかはわからなかったがひたすら4人で笑っていた。
何かをバカにしているような笑いでもあったし、素直にジョークを楽しんでいる笑いにも聞こえた。

夕食を終え、ジョンとまたルートの話をした。
正直にここに3泊するのはあまり気が進まない事を伝えると、意外にもジョンは主張する事無く
"わかった、じゃここには2泊にしておこう。ユウスケの希望通りで問題ないよ!"と言ったのだ。
少しの間だったが何でいきなり3泊するとかいいだすんだよジョン、と少しイラッとしてしまった
自分があほらしくなった。わしはてっきりジョンがここに3泊してアマダプラムBCに本気で行きたいと
思っており、そういう事であればわしは一人で先に進もうとまで決めていた。ただやはり
初日にたまたま会い、既に2週間毎日共に歩いて来た友人を置いて行くのは後ろめたい気分だった。
勝手に色々と考えてしまわず最初から言っておけば良かったのだ。
でもこれで目的地のカラパタールまで行き一緒にエベレストが見られる。
そう思うとかなりすっきりした気分になった。とにかく一件落着。よかった。
また少し、ジョンとの関係が近くなった気もする。

就寝時間の20時半まで紅茶を飲みながらガイド達とストーブの周りに集まり話をした。
宿の息子は10庇護にエベレスト登頂に同行するらしい。そんな息子の隣に座っている母親は
その事をやはり心配に思っているのだろうか。それにしても宿の家族がとても優しく癒される。
特に76歳のおじいちゃんはいつも口をぽかーんと開けながら目が合うとにこりとしてくれ、
とても和んでしまう。明日はチュクンリという5500mの山に登る。

【3/28の出費】
ミルクティー 70
サンドイッチ 400
ブラックティー 40
宿 100
ブラックティー 40
マカロニ 320
トータル 970

続く。
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コメント

  1. MOISEI | URL | -

    こんにちは
    ネパールトレッキングについて調べていたところ辿り着きました
    初トレッキングなのでハードな所には行かないと思いますがポカラ辺りから簡単なトレッキングをしたいと思ってます
    素敵な写真に癒されました〜

  2. youmetraveling | URL | -

    Re: タイトルなし

    コメントどうも。
    エベレストエリアでもルクラまで飛行機で行けば簡単だと思いますよ!
    アンナプルナも綺麗みたいなので楽しんでください!

    > こんにちは
    > ネパールトレッキングについて調べていたところ辿り着きました
    > 初トレッキングなのでハードな所には行かないと思いますがポカラ辺りから簡単なトレッキングをしたいと思ってます
    > 素敵な写真に癒されました〜

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